承継期

学びと経験を積んで事業承継~生産性をさらに高める仕組みに進化中

泉工業株式会社(神奈川県綾瀬市)
代表取締役社長 塩脇衛

金属加工をする会社として創業し、プラズマ処理装置・油処理装置の開発、販売へと事業を拡大してきた泉工業株式会社。1985年創業から約30年にわたり、初代社長が経営を担ってきました。そこから2020年に現社長へとバトンタッチ。また新たな挑戦をはじめています。事業承継の前後と現在について、伺いました。

代表取締役社長 塩脇衛

――事業内容を教えてください

この会社は先代が立ち上げたのですが、創業時から現在まで続くのが金属加工事業です。装置メーカーを主な顧客とし、必要とされる部品を仕上げます。見積り・設計・加工・組み立てをワンストップで行うことができますので、お客様からしたらまとめて相談できるのが便利な点ではないでしょうか。少ない工程でめざす成果が実現できれば、コストカットにもなりますので、お客様にとって最適なやり方をできるだけ提案しています。

一方、プラズマ処理装置は研究機関などが主なお客様です。2008年頃に新領域として立ち上げました。対象物の内壁にプラズマを発生させることで、金属・ガラス・樹脂などの内壁表面を改質する技術で、それにより親水性や接着性が大きく変わってきます。こうした加工ニーズに対する事業です。

小型卓上プラズマ内壁処理装置『IPSOLON』

その他に、飲食店の厨房やシンクに設置するような油回収装置も扱っています。いずれの事業も、どうしたらお客様の役に立てるかという思いで、信頼を積み重ねてきました。これまではそれぞれ独立型で事業を広げていましたが、今後は、金属加工事業とプラズマ処理装置事業のシナジーを出すための工夫も考えています。

私が会社を承継したのは2020年でしたが、これは新型コロナウイルス感染症拡大の真っただ中でした。当時は仕事が大幅に減ってしまい、かつリモートで働けるような環境も整備していなかった状況でした。そこで国や県、市から出ているいろいろな支援情報を見て、できることをすべてやりながら、今に至っています。

――事業承継に関してどのような準備期間を経てきましたか

私自身は先代の息子にあたりますが、会社を継げと言われて育ったわけではありません。最初のキャリアは外資系メーカーの日本法人で、販売業務に携わっていました。しかしある時、先代の社長が海外旅行先で病気になってしまいました。しばらく入院することになって、会社の経営どころではなくなってしまったのです。社長自ら経理関係を見ていたため、ともすると支払業務が滞ってしまいます。そこで、当時の勤め先に事情を説明し、急遽経理対応に入りました。

その時に気づいたのは、従業員が感じている不安です。こういう規模の会社だと、社長の不在は将来の展望に直結します。現状を乗り切ればよいというだけではないと、そこで思いました。自分が育ったのもこの会社のおかげですので、できることをしたいと泉工業に入社することにしたのです。2015年のことでした。

入社後半年間は研修として現場を順番に回りましたが、そのあとは『好きにやれ』と言われました。そこで取り組んだのは、プラズマ処理事業です。技術はよいと思っていたので、いかに売り先を広げるかを考えて動きました。

一方、入社から間もない2017年には、中小機構の行っている「経営後継者研修」に通うことになりました。実際のところは10カ月間もあるコースなので、最初言われた時には断っています。でも何度も先代から言われ、近い将来に会社を継ぐことになるだろうとは思っていたので、一度学んでみようと思って参加することにしました。先代は自己流で経営をしてきましたが、ここで学んで次の経営に活かしてほしいと思っていたのだろうとは思います。

振り返ると、行ってよかったと思います。経営後継者研修は、経営や財務の基礎知識を学ぶだけではなく、自社分析を徹底して行ったり、ゼミナール形式で他の参加者とも研鑽しあったりできるプログラムです。研修で深く自社のことを掘り下げたので、会社の歴史や強み、そして今後どのような方向に行くべきなのか、全部腑に落ちた形で頭に入りました。グループワークも多かったので、そういう手法を社内で使ったりもしています。

また、創業から駆け抜けてきたような会社は、どうしてもデータが整理してたまっているわけではありません。研修によって、分散していた情報を分析できる形にまとめることができたのもよかったと思っています。また、他の参加者も後継者の立場にあるという共通点があり、ここで培われたネットワークは今でも大きな財産です。補助金などの役立つ情報を交換したり、ちょっとした悩みを言い合ったりできる関係として、現在も続いています。

――事業承継したあとはどのような取り組みをしていますか

経営を引き継いだあと、業務の仕方をより合理的にできないか、少しずつ変革をはじめました。研修の時に教えてもらった「不易流行」をモットーに、残すものは残す、変えるべきところは変えるという判断でやっています。ただし従業員からすると変化が激しくてついていくのが大変だと言われることもありますね。ITツールを導入して仕事のやり方を変えているのもその1つでしょう。ただ、代替わりしたし、ITを使いそうな年齢ではあるし、しかるべくして起こったと捉えてくれたように思っています。

今はクラウド化を全面的に進めようとしているところです。やはりデジタル化の推進は、自社の競争力を高めるうえでも欠かせないと思っています。我々と同じような事業をしている会社は、長野県、新潟県、宮城県、山形県などにもたくさんあります。これらの県と当社のある神奈川県では最低賃金に差があり、我々の方がどうしても高い賃金分を価格に反映していくきつさがあります。だからこそ、いかに生産性を高められるかが勝負になってきています。

ただ、ただ勝手に推進していくばかりではありません。今は月に1回、全従業員と面談してお互いの考えを深める時間にしています。経営側2人と従業員2人という組み合わせでやっていますが、それぞれの考えを丁寧に知っていくことができますし、会社の考え方を知ってもらう機会としても有効だと思っています。

――今後の展望を教えてください

事業承継という立場で経営者になったことは、シンプルに事業に集中して考えられる良さがあったと思っています。もちろん、自ら起業する場合はゼロベースで全部作っていく面白さがあるでしょう。それに対して事業承継は、今あるものを継続するのか拡張させるのか、あるいは新しい分野をめざすのか。考える点がわりと明確で、深掘りからスタートできると思っています。

また代替わりしたことで、経営も第2フェーズに入りました。創業期は成長意欲が引っ張って組織成長したと思いますが、ここで改めて仕組みを整えることが次の成長につながると思っています。デジタル活用はそのための一手です。

さらに、従業員一人ひとりが自ら先を切り拓くような組織になっていけたらと思いますね。すべてに社長が関与しないと動かないのではなく、それぞれが現場で判断して動けて、モチベーション高く働き続けてもらえるような組織にしていきたいと考えます。

そのうえで、将来に向けて経営がやるべきことは、「考えられる可能性はすべてつぶす」ことでしょう。常に環境は変化しています。中小機構が出している指標なども参考にしつつ、自社のできることを最大限、常に行っていきたいと思っています。

泉工業株式会社外観

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