拡大期
ウインセス株式会社(香川県高松市)
代表取締役社長 橋本勝之
ウインセス株式会社では長年、指先での細かい作業をするときに使う精密手袋を開発・製造してきました。手に関わる事業の新しい展開として、手荒れに悩む方々により使いやすい商品をという思いで開発されたのが「塗る手袋」です。まったく新しいタイプの商品をどのように販売していくか。販路開拓コーディネート事業を活用してテストマーケティングを行い、販売戦略を定めていった経緯を伺いました。
当社は精密手袋の専門メーカーで、クリーン作業用手袋が主力商品です。ホコリが少なく薄いタイプの手袋で、電機製品の組み立てや半導体工場などでよく使って頂いています。「耐熱手袋」「防塵手袋」といった用途別のものや、袖を伸ばした手袋など、お客様のニーズにあわせて商品を開発してきました。1枚ずつ手作業で縫製するシリーズもあります。
一方で最近は、アームカバーやサポーターなど、手袋以外の商品も始めています。そのなかで1つ特徴ある商品として、「テアレスキュー」という「塗る手袋」があります。正確に言うと手の保護剤なのですが、仕事中に手の皮膚が荒れてしまうような方などに役立つのではないかという思いで商品化しました。アイデア自体は外部の開発者の方が考えたものです。ずいぶん前に私が「塗ったら手袋になる液体があるといい」と話をしていたからでしょうか。ある時、試作品を持ってきてくれました。そこから商品化に向けた共同開発を始めたのです。
この「テアレスキュー」は、手に直接塗りつけるものです。最近はミスト状タイプも発売していますが、手に塗ると目に見えない極薄のフィルムが作られ、外からの刺激を抑制します。耐水性に優れながら、皮膚に安心な成分を使用し、肌の自己治癒力は妨げず自然な保湿効果も発揮されます。長時間の使用にも耐えうるようにも改良し、まさに手袋のように、手を健康的に保護する手段になると考えて商品化しました。
一方、「テアレスキュー」を開発した頃は、手袋産業自体の拡大は厳しいことが見えていました。なくなることはないでしょうが、人口減が進めば需要も減っていきます。しかし私自身は、その中でいかに成長していくかを考えたいと思っていましたので、この「テアレスキュー」というまったく新しいタイプの商品を、拡大に向けた一手にしていきたいと考えていました。
手袋とは少し趣旨が異なる商品なので、これまでと同じ売り方ではいけないのではないかとは思っていたのですが、どう動いたらよいのかが見えていませんでした。また、手袋事業は基本的に代理店を通して販売していたので、直接エンドユーザーの声を聞くことはほとんどありません。「テアレスキュー」はどういう可能性があるのか、ユーザーの声を聞く機会をもちたいと思っていました。
もともと中小機構や香川県の支援施策を活用したこともありましたので、有効なサポート機能は使いたいと思っていました。2016年頃だったと思いますが、情報収集している中で、中小機構の販路開拓コーディネート事業を教えてもらったと記憶しています。
そこでこの事業を活用して、テストマーケティングができないだろうかと考えました。もともと手荒れがひどい人に役立つのではないかという仮説があったのですが、実際のニーズはどうなのか、購入の可能性があるのかなどを検証していきたいと思っていたからです。
実際に当社の目的に沿った事業だったので申請、開始しました。とはいえ、いきなり実証に進むのではなく、どのような対象層をねらうのか、どのような資料で伝えるのか、中小機構のコーディネーターの方々と整理するところからスタートしました。準備の過程でアプローチしたい先を整理し、食品工場、半導体メーカー、介護事業者、スポーツ分野など、希望する対象市場をいくつか選定しました。するとコーディネーターの方々が販路来訪先を紹介してくださり、結果的に20社くらいの声を聞くことができました。
短期間に集中的に多数の会社の声を聞けたのは、計り知れないメリットがありました。結果的に「テアレスキュー」はBtoC、つまり企業向けではなく一般層に直接売る方が向いているという結論になったのですが、テストマーケティングをしていなかったら、ずるずるとBtoBの可能性を探り続けていたかもしれません。
実はドイツなどは手荒れが労働災害の対象にもなってきているのですが、日本ではまだそうなっていません。各社に伺うと、そこはやはり個人の問題として扱われていました。もののよさはわかると言ってもらいつつも、法人の予算にはしづらいということが確認できたわけです。一方で、個人のお客様にこういう時に使いたいという具体的な反応やニーズが得られたので、BtoCで売っていこうと最終的に判断することができました。
振り返ると、当初想定していたニーズと実際とのギャップが見えてきたわけですが、それを短期間で認識できたこと自体が大きな効果だったと思っています。もともと手袋販売の関連で、病院や介護での手荒れの話は耳にしていました。しかし、BtoBにおける購買の意思決定者と話せたことは、方向性の判断素材として非常に納得感がありました。20社にコンタクトをとるというのも、自力では難しかったでしょう。
もう1つよかったことは、説明用のプレゼンテーション資料に対して、コーディネーターの方々からいろいろなアドバイスを頂けたことです。客観的なアドバイスをもらうこと自体が普段あまりありません。また、お客様視点で考え、表現することへの指摘を頂けたのも役立ちました。どうしても自社視点でよいところだけを伝えようとしてしまいますが、提案資料にするにはお客様にとっての価値を示さないと伝わりません。何に役立つのか、一目でわかるように書かないといけないということを改めて認識しました。
テストマーケティング終了後には、一般向け販売の路線に改めて取り組み始めました。クラウドファンディングの活用など試行錯誤しながら、今はECサイトでの販売を主として展開しています。
一方で、当社としてもその後からBtoC向けの商品ラインアップを広げ始めました。たとえば腱鞘炎の方向けのサポーターや、ポーチなどの雑貨も開発し、オンライン販売を始めています。ポーチ類は手袋素材で作ったものなのですが、カラフルなデザイン性を重視しました。これは海外の展示会でも出展しています。
実は2020年から株式会社キングジムグループの一員となりました。同社には文具をはじめとしたBtoC販売のチャネルがあり、私たちの目指したいマーケットの参入に大きな力になると感じ連携を決めました。この縁もあって、一般向け商品にもより力を入れていこうとしているところです。「テアレスキュー」についても、最近、持ち歩きやすいミニサイズを作りました。使い勝手をいかによくしていくかは、今後も工夫していきたいと思っています。
コロナ禍になって、中小企業は本当に「手数が勝負」だと思いました。今まで売れていたものが急に売れなくなる。逆に急に売れたものもある。それを目の当たりにすると、やはり多方面への展開を考えることが大事だと感じます。ニーズを聞いてから立ち上げると、どうしても実現までに時間がかかります。できる頃にはもうニーズが落ち着いてしまっていることも往々にしてあるでしょう。先んじてたくさん新商品を考え、さまざまな芽を作っていくことを、今後も続けたいと思っています。