拡大期
杉並電機株式会社(東京都羽村市)
取締役社長 福田礼彦
1953年の創業以来一貫して、精密金型及び精密小物プレス加工の分野において“わが社でしかできないモノをつくる”ことをめざしてきた杉並電機株式会社。月に数億個単位もの部品製品を仕上げています。それを可能にしているのは、働く人が便利になるような発想で進めてきた生産能力向上への工夫です。どのようなことを考えて取り組んでこられたか、話を伺いました。
当社の主力製品は、コネクタ用の部品です。スマートフォンやゲーム機などで見かける、金属端子を精密加工して仕上げていくものです。コネクタ1つは何十本もの金属端子が組み込まれており、それをプレス加工で仕上げていきます。金型も自社で作っており、すべて一貫して実施できるのが強みだと思っています。また、コイニング加工と言われる、金属を曲げて溝を作るような加工も行うことができます。実はこのコイニング加工をしたコネクタ用部品は、スーパーコンピュータ「京」にも搭載されたことがあるのですが、独自の技術によってお客様からの信頼を得られるのは非常にうれしいところです。
現在は、24時間自動生産できる精密高速プレス機を導入しています。実際のところ、東京で操業しながら十分な競争力をもつためには、生産性が高くないと成り立ちません。たとえば材料は自動巻取機にセットするのですが、リール交換も自動で進みますのでほぼ人手を介さず進められます。測定も自動化を進め、データベースでの管理も行っています。
一方で、自動化を進めるうえでの課題も発生してきました。たとえば不具合が出ると機械は止まってしまいますが、気づくのが遅れるとその分生産も遅れてしまいます。もちろん担当はいますが、常時見ているわけではありません。むしろ、確認する頻度が増えるほど、自動化しても生産性があがらないということになってしまいます。
また、経営の肌感を持つにはどうしたらよいかという悩みもありました。人が作業をしていると、見ればある程度稼働率を判断できます。しかし機械に移行したことで、その感覚が持てなくなってきました。もちろん稼働しているのはわかりますが、途中で段取り替えやエラーが起こることもあります。計画に対してきちんと進捗しているのか、問題は起きていないのかというのが、報告が来るまで見えない状況になっていました。そこで、1つひとつの機械を見にいかなくても、リアルタイムに現状を把握できる方法がないかと模索し始めました。
最初は機械をIoT化してシステムに落とそうと考えたのですが、機械の台数が多い分、それはかなりのコストになります。代わりに考えたのは、作業者の状況を可視化する方法です。節目節目で作業者のアクションを確認することで、計画通りかどうかが判断できます。たとえば機械が止まっていると、作業者のアクションが「確認」ではなく「修理」になりますので、機械の前にいない人でも異常が起こっていることが把握できるような仕組みです。
ただし、忙しい現場の人たちに「今何のアクションをしているか教えてくれ」と言っても手間が増えるだけです。現場に負担をかけずに可視化していく方法がないか、ベンダーの方に相談したところ、「MotionBoard」というツールを教えてもらいました。
ちょうど「ものづくり補助金」が活用できることになっていましたので、その期間内に一気に社内実装することにしました。ツールを見たことで具体的な使い方が思い浮かんできましたので、私自身が設定を勉強しながら自社用ツールに改変していきました。
まず、現場では「開始」「完了」「加工依頼」などのボタンを押すだけで済むようにしました。各現場にある端末で押してもらうと、それが「MotionBoard」上のガントチャートに反映されます。担当別の業務計画を作って日々運用していましたので、その計画もガントチャート上にあらかじめ反映しておきます。すると、現在の作業状況に加えて、計画通り進んでいるかどうかも可視化できるようになりました。開始から終了までの時間がわかれば加工時間の合計も自動算出できます。累計をとっていくことで、生産性指標としても使えるようになってきました。
進捗状況は「加工中」は緑、「準備中」は黄、「修理中」は赤で色分けされており、機械ごとの稼働モニターもON/OFFが見ればわかる状態です。朝からの加工時間の合計は数字で表示されます。まずはぱっと見て大まかに状況をつかむことがしやすいよう、視覚的な工夫をしました。さらに個別の作業状況は氏名別に確認できるような作りになっています。
機能するためには、1人ひとりが「ボタンを押す」ことを習慣化してもらう必要があります。そこで立ち上げ期にはコンテストのような形で、ボタンを押すクセをつけられるよう工夫も図りました。
ガントチャートで一覧表示するまでを第1フェーズとすると、今は第2フェーズに入っています。ここで導入しはじめたのは、手作りのIoTデバイスによるセンサー感知の仕組みです。たとえば機械の稼働ランプがつくと「MotionBoard」に反映できるようにしたり、配管圧力も検知・表示できるようにしました。お客様が玄関に来た時、社長が席にいる時、といった日常的な情報も、手作りIoTデバイスによって簡単にわかるようになっています。
また、ボードでの一覧表示を誰でも常時見られるよう、現場でもモニター投影しています。
「頼んでいた修理は終わったのだろうか」という関心をもって、頼んだ相手の状況を確認したり、「今日予定している検査部品は、今どの段階にあるのだろうか」と前工程の状況を確認したりと、いろいろな使い方ができます。どうしても忙しい時には「あれどうなっているの」とそれぞれのタイミングで聞くことになり、現場の雰囲気が悪くなることがありました。状況が可視化されていると聞くひと手間がなくなり、「あともう少しかかりそうだから先に別の仕事をやっておこう」などと、自分で考えて段取りするような変化も出てきました。
平均すると、モーションボードの導入前後でプレス機の稼働時間は上昇しています。受注状況によるので純粋に可視化の効果だけではないですが、仕事状況を見ながら「この仕事を今差し込もう」といった采配ができるようになった影響もあると思っています。「加工」が済んだら「検査」のように作業工程がわかれている業務は特に、現状がリアルタイムで可視化されていることがコミュニケーション不全をなくすことにも役立つのではないでしょうか。
IoTデバイスを手作りで取り付けていくというのは、インターネットで簡単にキットが買える時代だからこそ実現できたことです。プログラミングを知らずとも、公開されているツールを使って動かすことができました。1つ成功すると、ここにもつけられないだろうかという発想に広がります。製造業では、いかにQCD(Quality, Cost, Delivery)を高めるかが大事ではありますが、純粋に自分たちにとって何が一番便利だろうかという発想で考えることが、結果的にQCD向上に役立つことがあると今回気づきました。見えない、気づかない、といったロスがなくなり、残業時間も大きく減っています。
IoTデバイスを使った可視化の仕組みをさらに進化させて、業務改善にも役立てていきたいと思っています。たとえば段取りの仕方も、ベテランと若手では異なります。ベテランの効率よいやり方がなぜできているのか。かかっている時間やアクションするタイミングなどをIoTデバイスで可視化できると、若手の人が参考素材にできるかもしれません。その方法を標準化しようというわけではなく、自分との違いに気づいたり、組織的な記録として残していけたりするのではないかと思っているところです。
今、IoTデバイスはインターネットで簡単に買うことができますし、ノーコードオープンソースもたくさん公開されています。お金がかからず情報はいくらでもあるという状況ですので、これを従業員の人にも触ってほしいと思い、社内での勉強会も開催しました。また、こうしたやり方を他社に向けても開放しています。私たちもインターネット上の情報などさまざまなものを参考にしてきましたので、もし興味がある方がいたらぜひお伝えしたいと思い、見学してデバイスを作るワークショップなどを材料費だけで開催しています。
地元、羽村市の企業向けの講演で「ミニマムスタートで始めるIoT」というテーマを話したこともあります。自社でやってみて思ったことは、使ってみるととても便利な状況が作りだせるということです。そして、こういう発想を持つこと自体が、未来型の経営につながると思っています。人手不足と言われて久しいですが、働く側もちょっとおもしろそうな会社に入りたいはずです。今の子どもたちは、小学校からITツールに慣れている人たちです。自分たちでIoTデバイスを導入していくような会社の方が、おもしろいと思ってくれるのではないでしょうか。そんな未来型の志向で今後も工夫を重ねたいと思っています。