変革期
岩崎工業株式会社(奈良県大和郡山市)
代表取締役社長 岩﨑能久
信頼性の高い家庭用品ブランド事業を長年手掛けてきた岩崎工業株式会社は、数年前にさらなる成長を目指して医療機器領域に進出されました。さまざまな規制もあり、参入が難しいと言われる医療機器事業をどのように立ち上げたのか。社長の岩﨑様にお話を伺いました。
当社は1934年に創業した会社で、今年で88年目となります。1968年から今日まで続く商品群の1つは、ラストロウェア・ブランドの食品保存容器です。アメリカのボーデン社が立ち上げたプラスチック部門のブランド名でしたが、業務提携による生産から始め、今はライセンスを取得して自社ブランドとして定着しました。
2005年頃から海外展開もはじめ、現在は26ヶ国に取引先があります。いずれの国も、直接バイヤーの方とやり取りしています。そのため、英語で問い合わせが来ても対応できるような社内体制を整えていますし、貿易実務ができる担当者も揃えています。
得意とするのはプラスチックの成型加工で、用途に応じて素材開発から行っています。かつてはポリエチレンが主な素材でしたが、素材自体も時代により進化しポリプロピレンという樹脂素材が開発されたことで、プラスチック製品の機能は大いに進化しました。耐熱性があり、強度にも優れた素材でしたので、電子レンジにもかけられるような食品保存容器が作れるようになったのです。我々もポリプロピレンを使った新商品を開発して展開し始めましたが、大手スーパーマーケットチェーンを通じて全国販売できたことが飛躍のきっかけになりました。
同時に、ここまで発展できた理由の1つは、常に最終商品を手掛けてきたビジネスモデルにあると思っています。市場との距離感が非常に近く、変化やニーズを迅速に把握して対応できることが、我々の強みになりました。たとえば、容器を密閉するにはパッキンを蓋にはめこむ必要がありました。しかし、蓋とパッキンの間はどうしても汚れがちです。そこで、どうやったらパッキンと蓋の隙間をなくせるかと考えました。結果的に弾力性のある柔らかいプラスチック素材を、蓋と一体成型するという技術を開発して、今やそれがスタンダードとなりつつあります。
ラストロウェア・ブランドは、2018年には販売開始から50年を迎えました。次なる発展に向けては新分野への展開が必要だとその頃に思い始めたのです。役員間で、可能性がある市場はどこにあるかと議論をはじめ、その過程で医療機器に注目しました。
プラスチックを含む樹脂素材の性能が向上するにつれ、さまざまな領域で素材や部品の転換が行われてきました。食品関連の容器でも、かつてはアルミ製が多かった弁当箱はほとんどが樹脂製に変わりました。冷水などを入れる瓶も、ガラス製から樹脂製へとシフトしつつあります。
一方で、医療機器業界はステンレスやガラスなど、従来からの素材が延々と使われていることに注目しました。ものによってはプラスチックの優位性もあるのではないかと考えたのです。もちろんプラスチックの短所もありますし、高機能化が進むほど価格面の課題もあります。しかし、樹脂を使ってできることは、大いに広がっています。何とかここに参入したいと考えました。
医療機器として販売するためには、法制度への対応、安全・安心を支える製造体制、トレーサビリティの徹底など、あらゆる仕組みを整える必要があります。ただし何から始めるべきか、その時点では知識が何もありませんでした。早い立ち上げを目指すには専門家の力が必要だと考え、中小機構の専門家派遣事業を活用できないかと考えました。実は以前、海外販路開拓の際に海外展開支援を活用したことがあったので、支援の仕組みがあることは知っていました。それで今回も相談に伺ったのです。
結果的に、専門家継続派遣事業を3期にわたり活用させてもらいました。いずれのフェーズでも、基本的には月2回の支援日に専門家の方に来ていただき、必要な知識を学びながら実務と連動させて進めていった形です。このワーキンググループには、各関係部署から8人ほどのコアメンバーに参加してもらいました。
第1期は医療機器市場の理解と事業戦略立案、そして第2期は患者にやさしい医療器具の開発と上市体制構築、そして第3期は販売体制の構築として展示会出展などを行いつつ、長期的な事業計画作成にも取り組みました。一連の勉強会には、社長である私自身がほぼ100%に近い確率で出席しています。知識だけではなく、スピードをもって進めていくプロセスも大いに学びました。
品質も組織体制も、すべてを規定水準へと進化させていったのですが、同時に意識したのは、家庭用品で培ってきた強みを生かすことです。たとえば私たちは硬い樹脂と柔らかい樹脂を一つの成型機の中で同時に扱える技術をもっています。医療機器の常識にとらわれ過ぎずに患者さんにとってやさしい器具とは何だろうかという発想で考えました。
そこから開発した医療機器が、舌圧子です。そもそも樹脂素材で開発した新タイプであることに加え、患者様にあたるところは柔らかい素材で、先生方が持つ部分は硬い素材で作るという工夫をしました。その後、「もっとこういう形にできないだろうか」という声を受けて、小さいサイズで形状を調整した乳幼児用舌圧子も開発しています。プラスチックは、形状の調整がしやすいという特性がありますので、先生方からの相談によって開発する機会も増えてきました。
また、災害でインフラが損傷すると、洗浄して使うようなタイプの医療機器は使えなくなってしまいます。樹脂製タイプは使い捨て仕様にできるので、緊急時に備える機器としても有効性があると気付きました。もちろん、使い捨てタイプを増やすと環境負荷にもなってしまいますので、何回かは使えるタイプとしての工夫も重ねています。
こうした取り組みの裏で、知財管理は最初から意識していました。大学と当社とそれぞれの特許を組み合わせて開発した製品もあるのですが、知財があると提携をはじめとした事業展開も可能になります。我々の独自技術はきちんと知財管理し、有効に役立てていこうとしているところです。
医療機器の開発で大事なのは、安全安心と同時に患者さん目線でのやさしさだと思っています。たとえば、「痛くない注射」を開発しましたが、これも患者さんにとって負担の少ない製品を目指したものです。
やはり医療器具となると、利便性やデザイン性だけではなく、安全安心を含めた社会的責任がより大きくなります。医療機器事業の足固めはできてきたので、今後はさらにニーズを聞きながらいい製品を開発していきたいと思っています。そのためには、展示会に出て情報を得る、先生方と話す、あるいは代理店の方から声を聞くことを継続していく必要があるでしょう。すぐには解決法が思いつかないような話でも、「できません」ということはありません。どうやったらできるかを考えることが大事だと考えています。
また、環境・サステナビリティの観点も大事にしています。プラスチックは環境負荷が高いと見られがちですが、リサイクルのために加える熱は金属ほど高くありません。リサイクル・リユースがしやすい素材なのです。サーキュラーエコノミーの面から、プラスチック素材の優位性を理解してもらうことには、もっと取り組んでいきたいと思っています。
家庭用品においてはブランドを自社保有し、認知を高め、ロイヤルカスタマーの拡大へとつなげてきました。医療機器も同様に、この製品こそ使いたいと思われるようなブランドへと成長し、患者にやさしい医療現場の実現に貢献していきたいと思っています。