変革期
株式会社ひかるアクアリューム(東京都台東区)
代表取締役 山崎仁
大型水槽の設置・メンテナンスからはじまり、現在はさまざまな空間の水景アートを数多く手掛けるのが株式会社ひかるアクアリューム。水族館、飲食店、オフィスビル、商業施設など、取引先は多様に広がっています。事業の拡大を進めるには、迅速な事務処理や社内での情報共有が欠かせません。社内の業務スタイルをデジタル活用で全面的に進化させた取り組みについて、お話を伺いました。
もともとは、私の父が創業した会社です。美しい熱帯魚を水槽で観賞できるようにしたいということで事業をはじめ、水族館などの水槽設備を手掛けるようになりました。水槽の設計・施工・メンテナンスを一括して請け負えるのが、当社の強みの1つです。
私は2016年から社長を継いだのですが、入社した頃から徐々に相談内容は多様化していました。たとえば南青山の大きな水槽を設置しているレストランがあるのですが、この設置についてご相談頂いたことがあります。イメージ通りのものを実現するには相当綿密な工夫が必要でした。水が絶対漏れてはいけませんし、重量やメンテナンスにも配慮する必要があります。自分で図面製作から工事まですべて手掛けたので、思い入れが深い案件ですが、今でもこの水槽がお店のシンボルになっているのはうれしいことです。こうした内装に関わる水槽設置をはじめたことで、その後の仕事の幅が広がりました。
今は、水景というジャンルの仕事がかなり増えています。ウォーターカーテンや噴水、アートリバーと言われるような水を使った演出で、商業施設やマンション、オフィスビルなどに設置しています。ですので、建設会社や不動産会社の方々と仕事をする機会も増えました。たとえば先日は、新しいタイプのデザインに関して、建設会社から相談を受けました。水が外に流れ続ける円盤をデザイナーから指示されたけれど、どう作ったらよいかわからないとのことです。もちろん私も初めてのものですが、これまでのノウハウを組み合わせて考えようと、引き受けました。そしてモックアップを実際に作って、確認してもらいました。他ではできない仕事こそ、最初からノーとは言わず、必ず工夫したいと思っています。
先代から引き継いで社長に就任した頃に、長く経理を担当していた方が退社になりました。そこで従来のやり方では瞬時に経理データがわからず、経営状況がわかりません。
アナログでの管理は人手もかかります。経営者として把握しておかないといけない情報も一元化されていなかったので、これを機に内部の仕組みを新たに整えようと思いました。
その時に決めたのは、デジタル化を徹底してやっていこうということです。私自身、手書きでの処理が本当に苦手でしたので、ペーパーレス化し机の上にはパソコンとモニターだけを置き、シンプルにアイデアがだせる職場にしようと思いました。
最初に導入したのは、会計ソフトの「freee(フリー)」です。デジタル化によって経理処理もストレスが無くなり、数字の可視化が経営管理上、必須だと思ったのです。これは整備の一歩目として重要でした。ただしそこで気づいたのは会計ソフトで経理処理だけが便利になっても、業務全体はなかなか効率化しないということです。たとえば案件の進捗管理や請求書発行、あるいは勤怠管理などのデータがすべて連携していないと、「freee」を使うにしても一手間生じます。必要な情報を全部つなげて一元管理したいと考え、その実現のために、まずは中小機構の「IT経営簡易診断」を受けてみることにしました。
診断の結果をもとにアドバイザーの方がアドバイスをくださったのですが、そこでいろいろと整理できたのはすごく有効でした。会社の業務全体をつなげるシステムについて一緒に考えてくださったのですが、ここで改めて認識したのは、ワークフローの整備と可視化の必要性です。今思うと、頭で考えていたシステムの実現はとても大掛かりな話で、そのまま進んでもコストに見合わず、そもそもワークフローの整備がないと機能しきれなかったと思います。
この時のアドバイスをもとにまず進めたのが、効率化する業務の優先順位づけでした。そして、受発注業務を優先的に効率化する必要があると判断し、このワークフローを可視化しました。現在、そのワークフローを元に見積書や請求書、発注書は「board(ボード)」というツールで運用できるようになっています。
従来は見積書や請求書の発行を担当者に依頼して、EXCELで作ってもらったものをお客様に送付していました。今は「board」に担当者が必要項目を入力すればよく、社長の私が承認した後はそのままシステムからメール送信することができます。郵送が必要な場合も、ボタン1つ押せば、自動的に運営会社の方から発行されていきます。さらにこの情報は「freee」と連携していますので、受注・請求・支払が確定したら経理処理も自動で行われます。
進捗がすべて可視化されていますので、経営管理上もいちいち現場に確認する必要がありません。累積を見ながら原価管理、売上・支払予測もできますし、どの案件の請求処理が済んでいるか等の進捗もわかります。また、見積書や請求書を個人のメールで送ると、本人しか見られないわけですが、「board」では全メールの送付履歴が残るため、誰もが全体の進捗状況を見られるようになりました。
今はさらにいろいろなアプリを連携させると共に、デジタル化を徹底しています。たとえばオフィスの入り口もスマートキーにしていますので、カギの管理をする必要はありません。図面関連も紙出しは禁止で、画面上ですべて作業しています。もちろんそのために、見やすい大型モニターなどを完備しました。
デジタル化推進は一部だけやってもあまり効果はなく、全体を徹底することで全員が「デジタル脳」になっていくことが大事だと思っています。今、当社では、日常の会話もデジタルツールを前提としたやり取りに変わってきました。最初の導入期は慣れるまでの時間がかかりましたが、日常会話が変わってきたあたりからは新たなツールへの抵抗もなく、どんどん進化できていると感じています。
たとえば、会議の記録は「GoodNotes5」というノートアプリを使っていますが、参加者がメモを取りたいことがあれば、同じクラウド上の共有画面に同時で書き込むようにしています。会議のメモをそれぞれが記すと、どうしても下を向く時間が生じます。そうなるのを避け、皆で同じ画面を見て話し合えるという効果も考えました。会議後に清書したり送付したりする時間は全くいらなくなりますし、必要な時にいつでも見返すことができるようになっています。
他に活用しているツールとしては、コミュニケーション用に「LINE WORKS(ラインワークス)」、タスク管理用に「Trello(トレロ)」、勤怠管理用に「ジョブカン」、日報に「Planner(プランナー)」、そしてスケジュールは「Googleカレンダー」で管理しています。関連するアプリは相互に連携させています。たとえば「Planner」には「Googleカレンダー」が自動的に表示されますので、カレンダー表示でスケジュール記録を残しながら、気づいたことを書き込んでおくという使い方ができるようになっています。また、日報として登録すると「LINE WORKS」に転送する仕組みですので、「LINE WORKS」を開けばその先の日報も簡単に見られるようになっています。
施工先での報告は、「LINE WORKS」上で終了時の写真をアップロードして行っています。たとえばメンテナンスで行った時に、最後にバルブを閉めるのを忘れてしまったというミスが過去にありました。今は終了時に完了報告と共にバルブ部分の写真をアップしてもらいますので、万一閉め忘れがあったら、他の人が気づけるようになっています。コミュニケーションツールとしては他にもいくつかありますが、個人で「LINE」を使い慣れていると思いましたので、このツールにしました。私自身がわりと“デジタル”や“IT”が好きな方ですので、ツールをいろいろと研究しながら導入を決めています。
今回整えてきたような業務管理部分は、事業成長と連動して整備することが重要です。ポイントはやはり、ワークフローの整備と見える化です。成長というのはただ利益を追求するだけではなくて、働く1人ひとりの満足が欠かせません。たとえば「board」を見ると、全体の予算が今どう推移しているかを把握することができ、自分たちのがんばりがどう数字に反映されているかも分かります。
ワークフローが整備されていれば、業務の進捗を自身で管理しながら生産性を高めていくことができます。また、進捗情報や数字の累積は、手応えの【見える化】とも言い換えられます。がんばればその分だけ貢献度が見えることが、個々人のやりがいにもつながります。ここまでの取り組みは私がリードしてきましたが、次は社員たちが自主的にどんどん使い、自分たち流に進化させていってもらえたらと思っています。
「IT経営簡易診断」後にアドバイザーの方に書いて頂いた“IT戦略マップ”が手元にあります。これは、「どのようにITを活用したら、経営および業務の課題が解決するか?」を絵にしたものです。ワークフローの可視化をしましょう、そして、案件管理と請求業務を清流化しましょう、さらに社員の方々が自らPDCAをしていけるような形にしましょうということでステップを整理してもらったのですが、見返してみると全て実現してきたことが確認できます。もちろん、現在が完成形ではありませんので、今後も改善・進化を重ねていきます。最近は小口の経費精算について、「こうやったら従業員にも経理担当者にも楽なんじゃないか」という方法を編み出して導入してみたりしました。
実は少し前に業務をデジタル化するために事務所を移転したのですが、これはすべて自社設計施工でつくりました。すべて協力会社方で製作したインテリアで、当社の考える働き方のために特別発注しました。職場環境も日常のツールも、自分たちで工夫し、自社にあった形を実現していくのは楽しいものです。今後、こうしたデジタルツールを活用したオフィス設計へと事業領域を広げていくのもおもしろいのではないかと検討しています。