中小企業と未来を拓こう
Vol.1 生産性向上(DX推進)

長野テクトロン 代表取締役 柳澤由英
タレント/国際ジャーナリスト モーリー・ロバートソン
中小企業基盤整備機構 理事長 豊永厚志

日本経済の屋台骨であり、地域経済の発展に欠かせない存在である中小企業。その中小企業が抱える様々な課題解決を支援するのが、中小企業基盤整備機構(中小機構)だ。各種専門家の派遣や経営相談、IT(情報技術)支援など、幅広いサポートを実施している。このたび中小機構は有識者や中小企業の経営者を迎えて、中小企業を元気するための施策を話し合う鼎談(ていだん)シリーズ「中小企業と未来を拓(ひら)こう」を企画した。第1回は世界動向や日本経済に詳しいモーリー・ロバートソン氏と、デジタルトランスフォーメーション(DX)で事業変革を推し進める長野テクトロンの柳澤由英社長とともに、豊永厚志理事長が「生産性向上」をテーマに鼎談した。

■新たな挑戦にDXの推進を

豊永厚志(中小企業基盤整備機構 理事長 以下略):ロシアのウクライナ侵攻などもあり、世界情勢は予断を許さない状況にありますが、ようやくコロナ禍から脱し、経済の回復モードに入っていると思います。日本も円安、資源高といった課題はありますが、我慢していた消費意欲の高まりや企業の設備投資の回復の兆しも見られます。大型の総合経済対策も加わることで、この勢いが定着、拡大することで1、2年のうちには経済活動も巡航速度になるのではないかと期待しています。
一方、中小企業に目を向けると、円安、資源高は経営の大きな圧迫要因であり、人手不足なども加わり、引き続き厳しい環境下であることに変わりありません。しかし日本の総企業数の99・7%を占め、雇用の約7割を支える中小企業が元気にならなければ、日本経済に活力は生まれません。いま中小企業が抱える課題は大きく2つ。1つは経営者の高齢化や人手不足からくる廃業など、事業の継続の問題です。もう一つが大企業などと比較して低い生産性です。モーリーさんは日本の中小企業が抱えるこれらの課題を、どうすれば解決できると思われますか。

モーリー・ロバートソン(タレント/国際ジャーナリスト 以下略):コロナ感染が拡大した当初、出社制限がかかって、リモートワークが広がりました。業種間の差はありましたが、業務の生産性は維持され、デジタル活用のメリットを感じた中小企業も多かったと思います。しかし、出社制限が緩和されると、元に戻ってしまった。生産性の向上を考えた場合、デジタル活用は不可欠。コロナで背中を押されたデジタル化への取り組みが、中小企業では生かされていないように感じます。日本人の持つ我慢強さとか、残業をいとわない気質が人手不足をカバーしていますが、それでは疲弊するばかり。
社会全体のデジタル化はこれからもどんどん進むので、デジタル化は避けて通れません。もう一つの経営者の高齢化については、バトンを上手に渡して自分の花道をつくることも大切ですが、事業を引き継いでくれる若い世代が入場しやすい花道をつくることも重要ではないでしょうか。趣味や家庭生活を大切するなど、ワークライフバランスを考えた働き方を選択する若い世代が働きやすい環境を整えることです。ここにもデジタル活用が欠かせません。

豊永:以前の中小企業では生産性の向上を考える際、売り上げ拡大やコスト削減が前面にきて、業務の効率化や働き方改革などは後回しになっていました。しかし、ここ数年DXが注目を集める中、業務プロセスを変えるようなIT導入が必要であるという意識は確実に高まってきていると思います。ただDX推進の重要性は理解できても、「社内にITを理解している人材がいない」「導入効果が見通せない」といった声が多く聞かれます。

■若い世代の力生かし変わる勇気を持とう

豊永:柳澤社長は5年前に急逝したお父様から事業を引き継いだと伺っています。どのように会社を変革してこられましたか。

柳澤由英(長野テクトロン 代表取締役 以下略):長野テクトロンはパソコンのキーボードなど入力部の製品をつくっているメーカーです。ここ数年、ハードだけを売るビジネスではなく、システムサービスやメンテナンスなどを組み合わせて提供する事業モデルへとシフトしています。約20の会社・事業をM&A(合併・買収)し、グループ全体で利益を上げる構造へと事業変革してきました。中小企業は変わってなんぼの組織なので、常に変わりたい、新しいことに取り組みたいと考えています。いま中小機構に伴走支援していただいています。自社の強みを見極め、それをどうやって付加価値にして売り上げを伸ばしていくか、3年、5年先を見て事業計画を立てているところです。

豊永:伴走型支援の重要性がいわれていますが、中小機構が行ってきているハンズオン(専門家)支援は、売り上げ拡大・生産性向上などに向け、様々な経営課題の解決を目指して、一定期間専門家を派遣する仕組みです。人手がない、時間的余裕もないといった中小企業に対して、ハンズオン支援によってIT化を進め、課題解決する体力、体質、体制をつくってもらいたい。
柳澤社長から中小企業こそ、新しいことに挑戦し、変わっていく必要があると話がありましたが、中小企業白書によると、世代交代した中小企業では5年間売り上げが伸び、収益率も上がっているそうです。若い世代はデジタルへの抵抗感が少ないこともあり、DX推進に大胆なチャレンジも可能になるのではないでしょうか。

モーリー:確かに「変わる勇気」は大切ですね。前例踏襲を重視し、守りの経営を推し進めていると、DXに対しても後ろ向きになりがちです。会議で人数分のコピーが配られ、確認のための確認が繰り返される「昭和型」のワークフローは日に日に不合理さを感じるようになっています。まず、やり方を変える第一歩を踏み出すことが重要です。もう一つ、ダイバーシティー(多様性)も大切なポイント。やる気のある外国人は世界中にいます。いつでもどこでもオンラインで才能のある人材と協働できます。そうすることで生産性は上がり、成功を手にすることができます。変われる会社と変われない会社の間で、明暗が分かれると思います。

豊永:柳澤さん、DXについて具体的にはどんな対応を行っているのでしょうか。

柳澤:製造に関しては、これまで匠(たくみ)の技として伝承してきた技術やノウハウを徹底的に数値化して社内共有を図っています。誰もが扱えるようになることで、生産性も効率性も高まってきます。バックオフィス業務については、ペーパーレスの徹底です。注文書など紙の資料をデジタル化することで、データ連携ができる仕組みの構築を進めています。リモート環境で業務ができるよう体制の整備も進めています。

モーリー:無駄な手間を省いて付加価値の出るところにリソースを振り分けることでかなり違いが出ると思います。ITはどんどん進化しているので、中小企業こそ、積極果敢に取り入れるべきですし、伸びしろは大きいと思います。

■リソースを振り分け付加価値向上に取り組め

豊永:最後に中小企業の経営者に応援メッセージをお願いします。

モーリー:フランス語で「ノブレス・オブリージュ」という言葉があります。財力や権力など、社会的な地位の保持には責任が伴うという意味です。ぜひ中小企業の経営者の皆さんには過去の成功体験にとらわれることなく、若い世代の意見を取り入れ、積極的にDXに挑戦し、生産性の向上を図っていってほしいと思います。

柳澤:恐れずに新しいことに取り組み、もし失敗したら元に戻せばいいと考えて、チャレンジすることが大切ではないでしょうか。実際、デジタル化は取り組めば取り組むほど、新しい何かを得られると実感しています。

豊永:今日お二人の話を伺って重要性が再認識できたことが3つあります。まず、自社のコアコンピタンスを生かして知恵を出しながら、絶えず事業変革に取り組むこと。2つ目が社会的課題やトレンドを注視し、形を変えていく努力、工夫です。そして3つ目が一人でやろうと思わないこと。地域振興の言葉で「よそ者、ばか者、若者」といいますが、周囲の意見に真摯に耳を傾け、事業を発展させていく気持ちを持ち続けることが大切だということです。それには低いといわれる生産性を改善するために、ITを活用し、DXに前向きに取り組んでいってほしいですし、中小機構はそのための支援策を幅広く用意しているので、ぜひ活用していただきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

長野テクトロン
代表取締役
柳澤由英 (やなぎさわよしひで)

長野テクトロンは1984年に長野市篠ノ井で創業した入力装置・表示パネルの専門メーカー。グループ売上高は20億円(2021年度)で、同従業員数は102人(21年1月現在)。営業、開発設計から製造、品質保証まで、社内で一貫体制が整っているのが特徴。新しいビジネス領域に挑戦し、業容の拡大を図っている。柳澤由英氏は2代目社長。中小機構が地域経済や中小企業の発展に貢献した経営者として委嘱する「中小企業応援士」としても活躍

タレント/国際ジャーナリストモーリー・ロバートソン

広島をはじめ、日米双方の教育を受け、1981年に富山県立高岡高校を卒業した後、同年に東京大学とハーバード大学に同時合格する。東京大学を1学期で退学し、ハーバード大学に入学。同大学で電子音楽とアニメーションを専攻した。アナログ・シンセサイザーの世界的な権威に師事。88年に同大学を卒業。現在、テレビ番組のコメンテーターをはじめ、DJ、ラジオパーソナリティー、ミュージシャンと多種多彩な活動を行っている

2022年11月24日付日本経済新聞朝刊「中小企業と未来を拓こう 広告特集」より転載。
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