TeraWatt Technology 代表取締役CEO 緒方健
ユーグレナ 代表取締役社長 出雲充
クリエイティブディレクター/arca CEO 辻愛沙子
<司 会>経済産業省 スタートアップ創出推進政策統括調整官 吾郷進平
中小企業・小規模事業者が抱える課題や問題意識をテーマに、中小企業の未来を語り合う中小企業基盤整備機構(中小機構)のシリーズ企画「中小企業と未来を拓こう」。第2回のテーマは「スタートアップ創出」。政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置付け、「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、スタートアップを生み育てるエコシステム(生態系)構築を推し進めている。今回は同計画の策定に参画したユーグレナの出雲充社長、第22回「Japan Venture Awards」で科学技術政策担当大臣賞を受賞したTeraWatt Technologyの緒方健CEO、25歳で起業したクリエイティブディレクター辻愛沙子氏の3人を迎え、日本のスタートアップの現状と課題、起業を目指す若者への期待などについて、熱く語り合っていただいた。司会は経済産業省の吾郷進平スタートアップ創出推進政策統括調整官。
吾郷進平(経済産業省 スタートアップ創出推進政策統括調整官 以下略):米国の経済成長をGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムの米大手IT企業4社の頭文字を並べた総称)が支えたように、日本で戦後の創業期に次ぐ第2の創業ブームを起こすため、スタートアップの育成が欠かせないと考えています。なぜならスタートアップは経済成長の原動力となるイノベーションを生み出すとともに、社会課題の解決に貢献し得る新しい資本主義の担い手だからです。また雇用のつくり手としての期待も高い。
そこで昨年11月にスタートアップ育成5か年計画を策定しました。柱は3つ。「人材・ネットワークの構築」と「資金供給の強化と出口戦略の多様化」、そして「オープンイノベーションの推進」です。この3本柱を推し進め、スタートアップへの投資額を2021年度の8000億円強から27年度には10兆円を超える規模へと拡大。スタートアップを10万社創出して、ユニコーンを100社誕生させ、日本をアジア最大のスタートアップ拠点にすることを目指しています。出雲さんは計画策定に参画されていましたが、その推進には何が必要ですか。
出雲充(ユーグレナ 代表取締役社長 以下略):とにかくスタートアップの裾野を広げることが重要です。それを加速するには、私は大学発スタートアップで、IPO(新規株式公開)などのエグジット(出口戦略)の成功事例をできるだけ多くつくることが大切だと考えています。いま日本で大学発スタートアップは3306社あり、そのうち上場しているのは64社です。つまり50社に1社がIPOできた計算になります。そこで計画では「1大学につき50社起業し、1社はエグジットを目指そう」と盛り込みました。
もう一つ大学発スタートアップを増やすには、起業家教育が重要です。いま高校生の99%が起業について学ぶことなく、大学に進学しています。彼らが自ら挑戦してみたいと思うように、大学発スタートアップで成功した先輩の背中をみて学ぶ機会をつくるなど、起業を身近に感じられる社会の構築が必要ではないでしょうか。
辻愛沙子(クリエイティブディレクター/arca CEO 以下略):同感です。私は大学で事業構想の授業を受けていましたが、実際に起業をする前提ではなく、あくまで授業の中で学ぶという空気感が強かった。その後、大学に通いながら就職し、そこでの経験を生かして25歳の時に起業しました。1社目がベンチャーだったことや、両親や周囲に自営業だったり起業経験のある人が多かったので、選択肢の一つとして自然に捉えていました。しかし、いま日本で起業する若者が少ないのは、起業家に出会う機会がなく、スタートアップという選択肢をイメージできないからだと思います。ここを変えないといけない。
吾郷:緒方さんは中小機構が運営するインキュベーション施設に入居されていますが、大学発での起業について何か感じることはありますか。
緒方健(TeraWatt Technology 代表取締役CEO 以下略):私はケンブリッジ大学で博士課程を取得したのですが、そこにいた同級生の間で起業は当たり前でした。どういった人や環境が自分の周りにあるか、起業する上で非常に大きな要素だと感じます。当社は大学発ベンチャーではありませんが、大学は最先端の研究に携わる人が数多くいるので、よい刺激が受けられますし、最新情報にすぐアクセスできる点が、起業においてプラスだと思います。またディープテックにとって、中小機構のインキュベーション施設は低料金で、ラボ機能など設備が整っているのに加え、起業に関するさまざまな相談にのってもらえるなど、とても頼りになる存在です。
吾郷:スタートアップの数を増やすことももちろんですが、大きく育てていくことが重要です。鍵は「グローバル」。最初からボーングローバルで事業展開を考えることが大事だと思います。緒方さんはどのような考えで、シリコンバレーで起業されたのですか。
緒方:私たちは次世代リチウムイオン電池の量産と商用化に取り組んでいるのですが、起業する際、開発や生産拠点は日本、資金やビジネス開発の拠点はシリコンバレーに置きました。
理由は日本と米国の良さを融合したかったからで、日本には素晴らしいものづくり技術と人材が集積している良さがあり、一方シリコンバレーには資金やビジネス開発の規模とスピード感があります。グローバルで戦える体制を構築するために、共同経営者とともにこのようなグローバルな組織と経営陣体制をつくりました。世界的な競争が繰り広げられる中、日々世界の風を受けながら開発にいそしんでいます。
吾郷:厳しい世界の風を受けているのですね。いま起業家を志す若手人材20人を選んでシリコンバレーに派遣する事業を行っていますが、それを学生も含め今後5年間で1000人規模に拡大します。また海外の投資家やベンチャーキャピタル(VC)の呼び込みも促進していきます。海外から、トップレベルの研究室や優秀な研究者を招聘(しょうへい)して「グローバルスタートアップキャンパス」を創設します。
出雲:「世界に羽ばたくスタートアップをつくるなら日本」と感じられる環境整備を推し進め、それを世界へアピールすることが大切です。例えば、日本には特許出願の早期審査・早期審理制度があり、短期間かつローコストで特許が取得できます。ディープテックは技術があればどこでも勝負できるので、日本から次々スタートアップが誕生することも夢ではありません。
緒方:起業家や研究者が家族と一緒に来日できるように、スタートアップビザ制度も拡充してほしいです。
辻:ダイバーシティー(多様性)も大事ですよね。若者や女性はもちろん、世界中から人が集まってチームで起業を目指せる環境が大切。また起業家、投資家、大学などの関係者が成功事例などの情報を共有できるコミュニティーがあるといいと思います。
吾郷:環境整備と同時に、日本のVCの出資機能強化やエンジェル投資の促進など、成長段階に応じた資金調達手段の充実も図っていきます。
出雲:大企業におけるオープンイノベーションの推進もスタートアップ拡大の重要なポイント。大企業が自前主義にこだわらず、大学などと連携して積極的にイノベーションに取り組めば、新技術の開発・導入が進み、人材の流動化にもつながり、起業も増えていくに違いありません。それを促す優遇措置なども必要でしょう。
吾郷:最後に、これから起業を目指す若者に向けてメッセージを。
緒方:ディープテックはボーングローバルに世界を変える力があると思います。そして日本には素晴らしい技術と技術者、恵まれた環境があります。1回や2回失敗してもあきらめず、挑戦し続けていってほしいと思います。
辻:若者には自分の可能性を矮小化しないでほしい。皆さんの周りには、起業を志す人を応援してくれる先輩、舞台に上げようと助けてくれる人たちがたくさんいます。私も1プレーヤーとして、クリエイティブを通じて、一緒に頑張っていきたいと考えています。
出雲:日本はディープテックを支えるものづくりで世界トップクラスの力を持っています。中堅・中小企業の技術力も優れています。スタートアップによって、日本は変わると私は確信しています。
吾郷:スタートアップを生み、大きく育てていくには、官民が力を合わせてエコシステムをつくり上げていかなければいけません。今後政府として人材面、資金面など、さまざまな施策を強化・実行していきます。本日はありがとうございました。
TeraWatt Technology
代表取締役CEO緒方健 (おがたけん)
東京大学工学部卒。英国ケンブリッジ大学で博士号取得。同大学でリサーチフェローとして次世代電池の研究に従事した後、電池メーカーで電池の開発を担当、2020年にTeraWatt Technologyを創業。優秀なエンジニアを集め、数年以内の世界初の次世代リチウムイオン電池の商用化を目指して事業化に取り組む姿勢に加え、米国で大きな資金調達を実現していることが高く評価されて、第22回「Japan Venture Awards」科学技術政策担当大臣賞を受賞
ユーグレナ
代表取締役社長出雲充 (いずもみつる)
東京大学農学部卒。2005年にバイオベンチャー「ユーグレナ」を創業。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。その技術力を生かし、食品、化粧品、バイオ燃料、ソーシャルビジネスなど幅広い分野で事業化に取り組む。第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」を受賞。現在、経団連スタートアップ委員会委員長を務める
クリエイティブディレクター/arca CEO 辻愛沙子 (つじあさこ)
慶應義塾大学環境情報学部卒。大学在学中にインターン先の広告会社で「学生正社員」として採用され、商品企画や広告制作に従事。現在は「社会派クリエーティブ」を掲げ「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」を軸に、幅広いジャンルでクリエーティブディレクションを手掛けるarca代表。女性のエンパワーメントやヘルスケアを促す「Ladyknows」プロジェクトを発足
2023年3月30日付日本経済新聞朝刊「中小企業と未来を拓こう 広告特集」より転載。
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