中小企業と未来を拓こう
Vol.3 事業再構築・伴走支援

元ラグビー日本代表 HiRAKU 代表取締役 廣瀬俊朗
中小企業応援士 安岐水産 代表取締役社長 安岐麗子
経済産業省 中小企業庁長官 角野然生

政府は2022年10月に閣議決定した総合経済対策で、中堅・中小企業が生み出す付加価値の向上を図るため、継続的な事業再構築や円滑な事業承継・引継ぎを強力に支援する施策を盛り込んだ。シリーズ企画「中小企業と未来を拓こう(提供:中小企業基盤整備機構)」の第3回テーマは「事業再構築・伴走支援」。経済産業省中小企業庁の角野然生長官、中小企業応援士である安岐水産(本社・香川県さぬき市)の安岐麗子代表取締役社長、元ラグビー日本代表主将の廣瀬俊朗HiRAKU(本社・神奈川県藤沢市)代表取締役を迎え、中小企業における事業再構築の必要性と課題、それに向けた伴走支援の重要性について鼎談した。対話と傾聴の大切さなど共通点の多さに、話は大いに盛り上がった。

■延長線上にない未来へ、求められる自己変革力

――中小企業が置かれた状況をどのように見ていますか。

角野然生(経済産業省 中小企業庁長官 以下略):中小企業は全企業の99.7%を占め、雇用者数の7割、付加価値額の5割を構成する日本経済の屋台骨として、日本経済の活力を支える重要な存在です。その中小企業が激しい事業環境の変化にさらされています。一つは原材料費やエネルギー費などの高騰による物価高。賃上げも重要な課題です。これらの上昇分を価格転嫁できればいいのですが、容易なことではありません。もう一つが少子高齢化に伴う人口減少。人手不足は一過性ではなく、恒常的な課題であり、地方ではより深刻です。デジタル化への対応やSDGs(持続可能な開発目標)に向けた脱炭素の必要性なども加わり、取り組むべき課題は山積です。そこで今、中小企業の経営者は環境変化に柔軟に対応し、新しい道を切り拓(ひら)いていく「自己変革力」が求められています。

――安岐社長は香川県さぬき市で水産加工業に携われていますね。

安岐麗子(中小企業応援士 安岐水産 代表取締役社長 以下略):当社では海外から魚などの原料を輸入していますが、魚の価格は高騰が続いています。漁師の高齢化が進み、国内の漁獲高は減少しており、若者の魚離れが加わって、市場は縮小傾向に拍車がかかっています。日本の食卓から魚がいなくなる事態も現実味を帯びてきている状況です。事業環境の厳しさが増す中、正直これまでの延長線上に未来はないと感じています。
しかし、日本人が長い間培ってきた「魚を食べる」という魚食は、世界に誇れる食文化。それを未来へとつないでいかなければいけないという強い思いから、地域の人々も巻き込んで、様々な取り組みを推し進めています。その一つが「お魚生活すすめ隊」。魚のさばき方教室や漁師体験などを通じて、魚の本当のおいしさを伝える活動を行っています。

――廣瀬さんも、新しい挑戦にいろいろと取り組んでいますね。

廣瀬俊朗(元ラグビー日本代表 HiRAKU 代表取締役 以下略):2016年まで30年間現役でプレーし、コーチをしながらビジネス・ブレークスルー大学大学院に進み、MBA(経営管理修士)を取得しました。そして19年に起業し、HiRAKUを設立しました。才能や道、可能性など、いろんなものを切り拓いていきたいと考えて名付けました。キャプテン経験を生かしたリーダーシップのワークショップや講演活動の実施。今年2月には鎌倉の長谷寺近くで甘酒を取り入れたカフェをオープンしました。安岐社長と同様、私も仲間と共に新しい道を切り拓いているところです。

■経営者の腹落ちが必要、対話と傾聴が大切に

――お二人とも従来の延長線上にない場所で新たな事業を始められているのですね。角野長官は東日本大震災後の福島で、復興を目指す中小企業の事業再構築を支援されていたそうですね。

角野:原発事故からの復興を目指す中小企業を支援する活動に携わりました。被災して避難を余儀なくされた事業者の事業再開や人材確保などをサポートしていました。そうした中で、事業者の意識が変わり、前を向いて挑戦していく姿を数多く見てきました。その時感じたことは、寄り添って支援するサポート役の存在、伴走支援の重要性でした。事業再構築は経営者が変革の必要性に気付き、納得して取り組む、腹落ちが欠かせません。しかしそれを阻む5つの壁があります。「経営状況が見えない」「問題に向き合わない」「しがらみなどがあって、実行できない」「実行しようにも現場がついてこない」「課題解決に向けた知識やノウハウがない」。こうした5つの壁を乗り越えるには、第三者による伴走支援で、経営者の持つ自己変革力、潜在力を引き出すことが重要です。

――その推進策が中小企業基盤整備機構(中小機構)をはじめ、地域の商工団体や金融機関などと、全国で推し進めている「経営力再構築伴走支援モデル」ですね。

角野:従来、支援といえば、補助金や税制優遇など課題解決型でした。しかし5つの壁を乗り越えるには、課題解決よりも課題設定が大事。課題設定できれば、経営者は当事者意識を持って能動的に行動でき、内発的動機付けが適切に行われれば、潜在力の最大発揮につながります。

廣瀬:スポーツも全く同じです。自分のどこに課題があるか、どうなりたいか。課題設定ができなければ、練習方法などを決められないし、スキル向上もうまくいきません。

角野:ある有名な学者が「私は地球を救うために1時間の時間を与えられたとしたら、59分を問題の定義づけに使い、残り1分でそれを解決する」と言ったそうです。これからのAI(人工知能)時代、「課題設定力」はますます重要となります。

廣瀬:だから伴走支援が重要ですよね。自分では気づかない部分も、外から見ればわかることがある。私はキャプテンとして仲間の悩みを聞いたり、一緒に練習したりしました。でも一番大事なことは本人が変わりたいと思えるかどうか。それにはよく話し合うことが欠かせません。

角野:経営力再構築伴走支援でも、「対話と傾聴」を重視しています。話し合うことで、信頼関係が生まれ、共感し、提案もできるようになります。

――安岐社長は中小機構のハンズオン支援を受けられていますよね。

安岐:19年の社長就任時に、新たな事業計画の策定に取り組みました。経営状況の把握や事業目標の設定を行う上で、ものすごく頼りになりました。
寄り添って支援していただけたことで、社内の課題に向き合う勇気が持て、変革へ踏み出すのに必要な情報も提供してもらえました。2年目は生産性向上に向けた改革、3年目は社内情報システムの更新でアドバイスしてもらいました。当初システム更新は機器の入れ替えで済ます方向でしたが、事業目的に合わせた変更が必要だと助言され、投資を無駄にせずに済みました。いま挑戦しているレトルト商品の開発も伴走支援していただいています。

■ガイドラインを作成、全国へ支援モデル拡大

――今後、経営力再構築伴走支援モデルをどのように広げていくお考えですか。

角野:昨年設立した経営力再構築伴走支援推進協議会で、成功事例や教訓事例を集め、それをベースに今般ガイドラインを作成しました。中小企業の経営者やその支援者がガイドラインを参考にして、事業再構築を進めてもらうことで、産業振興や地域活性化につなげていきたいと考えています。

安岐:素晴らしい。地方にいると情報が入りづらいと感じることが多いです。どこに相談したらいいか、何をどう相談すればいいか。私は、そんな時はまず中小機構に相談してみたらとアドバイスしたい。

廣瀬:伴走支援って根気のいる大変なお仕事ですよね。信頼関係が築けなければ、成り立たない。私も未知の世界へ積極的に挑戦していこうと思っています。困った時、助けてください。(笑い)

角野:今日は共通点が非常に多くて驚きました。皆さんとともにぜひチャレンジしていきたいと思います。

経営力再構築伴走支援ガイドライン
https://www.smrj.go.jp/news/2023/ool3bn000000cl9g.html

経済産業省 中小企業庁長官角野 然生 (かどの なりお)

1988年東京大学経済学部卒。同年に通商産業省(現・経済産業省)に入省。官房参事官(製造産業局担当)などを経て、2015年に内閣府原子力災害対策本部現地対策本部事務局長に就任。福島県に赴任し、東京電力福島第1原子力発電所事故の被災事業者への経営支援を担当した。関東経済産業局長、復興庁統括官を経て、21年より現職

中小企業応援士 安岐水産
代表取締役社長
安岐 麗子 (あき れいこ)

香川県小豆郡土庄町豊島(てしま)生まれ。1987年神戸女子大学卒。93年に父が創業した水産加工会社・安岐水産に入社。94年にキングフーズを創業し、インドネシア・ジャカルタにある日本人向けスーパーマーケットへの食品輸出などを経て、2019年に父の後を継いで代表取締役社長に就任。「中小企業応援士」として活動

※「中小企業応援士」は、中小機構が地域経済や中小企業の発展に貢献している経営者などに委嘱し、中小機構とともに地域の中小・小規模事業者を応援する制度。

元ラグビー日本代表 HiRAKU 代表取締役 廣瀬 俊朗 (ひろせ としあき)

5歳からラグビーを始め、大阪府立北野高校、慶應義塾大学を経て、東芝ブレイブルーパスに入団。キャプテンとして日本一を達成。日本代表として28試合に出場し、2012〜13年は主将を務めた。ワールドカップ2015イングランド大会では、メンバーとして南アフリカ戦の勝利に貢献した。現在はスポーツ普及と教育を中心に多方面で活躍中

2023年6月29日付日本経済新聞朝刊「中小企業と未来を拓こう 広告特集」より転載。
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鼎談日は2023年6月6日です。役職は、新聞掲載時の情報となります。

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