「中小企業と未来を拓こう」スピンオフ企画
「推し」てくれる人を増やすのが、販路開拓のポイント~時代変化を捉えてきた牛窪恵氏の視点に学ぶ

世代・トレンド評論家 牛窪恵

今回インタビューしたのは、トレンド・マーケティング関連の著書を多数刊行し、メディアや公的な委員会でも活躍されている牛窪恵氏。新語・流行語大賞に最終ノミネートされた「おとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)といった言葉を世に広め、時代の潮流を社会に示し続けてきました。そうした時代変化の捉え方や、販路開拓に向けて企業が考えるべきことについて、お話を伺いました。

――活動が多岐にわたっていらっしゃいますが、どのような経緯で今に至るのでしょうか

以前は出版社に勤めていたので、2001年に起業した当初は、パンフレット制作やPR支援を中心に行っていました。それが2004年4月に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』という本を書いたことで、企業からのマーケティング調査のご相談が一気に増えたのです。調査の最初のクライアントは、大手の住宅メーカーさんで、2年がかりでシングル女性に向けた住宅開発を行うことになりました。そこでマーケティングスタッフを増やし、業容を拡大していきました。

実は父がテレビ局のプロデューサーで、もともと脚本やキャッチコピーに興味があり、大学は映画学科の脚本コースを選びました。この世界は突き詰めると、人間観察に行き着きます。たとえばイライラしていることを、映像でどう表現するか。一例として、時計を何度も見るという描写があり、こうした事例をストックしておく必要があります。大学時代は、黒澤明監督の脚本家のゼミにいて、人間観察の重要性を聞かされていました。それが今に生きていると思います。マーケティングでいうとエスノグラフィー(行動観察調査)という手法があるのですが、それとも重なるのです。

中小企業の方々との接点は、現在、主に2つあります。1つは大学院で経営学を教えていますので、その中でのケーススタディ、あるいは授業で直接お話いただくゲスト(経営者)としての接点です。もう1つは講演です。地方銀行や商工会議所からのお声がけで講演することも多く、そこで質問や相談を受けることがあります。私が直接ご支援するのではなく、事例やご相談先をご紹介することが多いのですが、「この会社は他社と組んだら販路が広がるのではないか」と感じるお話も多いですね。マッチング支援先をご紹介することもあります。

――企業にとってのマーケティングの意義について、改めて教えてください

近年、「推し」という言葉がはやっています。ここには自分の好きなものを人に勧めたいという、応援者の気持ちが込められていますよね。昔から「推し」だったタレントが売れるとうれしいものですし、周りにも積極的に勧めるようになりますが、近年の特徴はそれがリアルの口コミだけでなく、SNSなどネット経由でも可能なことです。

同様に、もっといろいろな人に愛する自社商品・サービスを知ってほしいと願うのが、近年のマーケティングで「エバンジェリスト(熱狂的なファン)」と呼ばれるような、ファン心理です。企業も、いかにこうした人を育て、彼らの声を聞き、自社の商品・サービスをアップデートしていくかが重要になりました。いわゆる、共創型(コ・クリエイション)マーケティングとも繋がります。一般に、良くも悪くも意見をくれる人ほど対象商品・サービスを改善したいという思いが強いので、周りにも勧めてくれることが多いのです。

これだけ選択肢が多い時代では、どれだけよいものをつくっても、それだけでは売れません。商品開発・サービス開発の段階から、いかに多くの人たちを介在させて市場を盛り上げるかが非常に大切です。顧客側も、単に物を買うだけでは満足しない時代になっています。人に役立つことをしたという貢献欲求は強まっており、とくにコロナ禍以降は、意見を伝えることで社会をよりよい方向に導きたい、と考える人が増えました。

社員の方々も、自分の愛している商品・サービスを、より多くのお客様に知ってもらい、その人たちと一緒に何かをつくりあげるところに幸せを感じるものでしょう。Z世代の社員ほど、そうした傾向が見られます。販路を拡大するということは、自分たちを知ってもらう場をどんどん広げることであり、幸せになる人を増やす豊かな取り組みだと思っています。

――トレンドに敏感であることは経営者にも必要ですが、牛窪様ご自身はどのような視点で、時代を表す言葉をつくってこられたのでしょうか

既存の優良な市場には多くの企業が集まり、どうしても「椅子取りゲーム(パイの奪い合い)」になります。マーケティングでいう「レッドオーシャン市場」です。そこで、社会に従来なかった視点を提案したいと、常に考えてきました。ただしそれを社会に広めるには、どれだけの市場規模があるかとのデータ的裏付けや、人々の心に響く「言葉の磨き上げ」も必要です。言葉については、企業と複数のインタビュー調査などを行ったあとで、100個ほどキーワードを書き出し、どれが客観的に響くかなど検証を繰り返してきました。

一般的にも、たとえば新しいものの見方を社内外に提案する際には、角度を変えて客観視することがとても大切です。異業種交流会で、普段会わない人たちと話をするのも、客観視のうえで効果があるでしょう。最近よく言われる「アンラーン」という言葉も、今まで持っていた知識や経験を一度見つめ直し、場合によっては手放すことを意味しますが、従来の既成概念を見直し、時代変化に対応していくには、そうした姿勢も時に必要だと思います。

また、年末になると、年間のトレンドランキングが発信されます。「今年売れたものベスト30」や、「東西で売れたものランキング」といった記事から1つ2つ、まったく違うものを結び付けて考えるのをお勧めしています。そうすると、必ずどこかに共通項があります。たとえば「節約志向」や「シングル化」「巣ごもり」といったものです。そうした共通項を自社の商品やサービスと結び付けて考えるようにすると、ある程度、時代の流れを捉えることができます。この考え方を普段から習慣づけておくと、異分野の情報から、自社の今後のビジネスヒントが見つかるかもしれません。

――変化をうまく捉えて販路拡大をしていくために、どういう行動をとっていけばよいのでしょうか

販路開拓には基本的に3つのポイントがあります。1つはコミュニケーションチャネルを増やすこと。2つめが流通チャネルの工夫、3つめが販売チャネルの工夫です。たとえば日本酒の販路拡大に向けて、移動トラックで日本酒バーを展開したり、お寺で試飲イベントをしたりしている例があります。流通チャネルに「直販」を加え、かつ販売チャネルを広げる試みですが、同時に顧客に向けたコミュニケーションチャネルの拡大にも繋がっています。飲む人にPRするだけではなく、目にする通行人に向けた広告効果も同時に生まれているのです。

大切なのは、自分たちから外に出ていくことです。展示会もそうした場の1つで、そこで人との出会いが生まれ、これまでとは違った視点の意見を、直接聞くことができます。もちろんオンライン販売も有効ですが、オンラインとオフラインの両方をうまく使うことで、厚みのある販路開拓施策につながります。

ビジネス系の取材をするなかで、あるミシンメーカーさんの取り組みも印象的でした。昭和の時代は、一家に一台あったミシンですが、昨今はニーズが低下してきています。先代から引き継いだ新社長がいろいろと考えて、子供用の玩具のようなミシンを販売しました。これが結果的にすごく売れたのですが、それは販路拡大にみずから動かれた結果だと伺いました。従来の売り場ではなくおもちゃ屋さんに置いてもらえるように交渉したり、展示会を使って商談先を開拓したり、インターネットでの販売を整備したりと、考え得ることをすべて試したとのことです。

このケースでさらに興味深いのは、社長自身の家にはミシンを置かないようにしたという話です。マーケティングで違背実験という手法があるのですが、実はそれと同じ手法です。ミシンメーカーを経営していれば、自宅にミシンがあるのが当然の生活になる。でもあえて身近に置かなければ、自分や家族が不便を感じるだろう。そうすれば、逆にミシンがどんなシーンで誰に必要とされるのか、その魅力が客観視できるはずだ、と考えたそうです。常にヒントを求めているからこそ、こうした実践に至ったのでしょう。

――顧客とのコミュニケーション手段について、留意すべき点等を教えてください

若い人向けの商品の場合、最近であればSNS、とくにTikTokやショート動画の活用は特に有効です。言葉で表現するのも大事ですが、いまの10代、20代は、幼いころからスマートフォンやタブレットで、映像を見て育ってきました。自社がどういう発信をしたらよいかは、ぜひ若手社員の意見も聞いてみてください。彼らの多くは時代に合った感性を持っていますし、アイデアを出すことで意欲向上にもなると思います。

一方、ファンベースマーケティングという言葉があるのですが、この視点も大事だと思っています。自社のファン、すなわち既存のお客様を大事にしていくことですね。特に先ほどのエバンジェリストと言われるような、とことん自社商品を愛してくれるお客様の発言は、周りの人にも影響します。「あの人が言うなら買ってみようか」という広がりは、確実に顧客を増やします。これはBtoBでも同じです。本当にいいと思って使ってくれているからこそ、建設的な意見も出してくれます。

――牛窪さんご自身は、どのような姿勢で仕事をされているのでしょうか

経営者は常に最悪の事態を想定し、それに備えつつも、人にはポジティブな面を見せ続けるべきだと思っています。特に会社のメンバーに対しては、この先に明るい未来があると感じてもらうことが非常に重要です。だからこそ、私自身もネガティブ思考にならないよう、ストレスコントロールには注意しています。ただし、逆に前のめりになり過ぎたときに、冷静に止めてくれる人も重要です。客観的アドバイスは、もちろん販路拡大に向けても大切ですが、同時に経営者のメンタル面でも欠かせないでしょう。中小機構さんのような相談先も、その1つだと思います。

私自身、これからも1人だけで考えるのではなく積極的に外部と交流し、時代の変化にいち早く気づきながら挑戦し続けていきたいと思っています。

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