中小企業と未来を拓こう
Vol.5 販路開拓

世代・トレンド評論家 牛窪恵
アシダ音響 代表取締役社長 柳川久
中小企業基盤整備機構 副理事長 山地禎比古

人口減少に伴い国内マーケットが縮小する中、新たな販路の開拓が企業経営において重要テーマとなっている。しかし、経営資源の限られる中小企業にとって、その推進は容易なことではない。中小企業基盤整備機構(中小機構)が提供するシリーズ企画「中小企業と未来を拓こう」の第5回のテーマは「販路開拓」だ。中小機構の山地禎比古副理事長が、世代・トレンド評論家の牛窪恵さんと、音響機器メーカー、アシダ音響(本社:東京・品川)の柳川久社長を迎え、販路開拓を実現するマーケティングの要諦と第三者支援の重要性について語り合った。

■時代や世相の変化が新たな市場を生む

山地禎比古(中小企業基盤整備機構 副理事長 以下略):販路拡大には、既存市場でのシェア拡大、新市場の開拓、新商品・サービスでの新規参入など、様々な手法があります。しかし、経営資源が限られる中小企業では、そのどれもが容易ではありません。円安基調が続く現在、海外市場の開拓が注目されますが、言語や商習慣、法制度の違いなどもあり、こちらも中小企業にはハードルが高くなっています。加えて、EC(電子商取引)をはじめとするIT(情報技術)活用にも、中小企業の多くは対応できておらず、大手企業との競争力格差を生む原因となっています。

牛窪恵(世代・トレンド評論家 以下略):時代や世相に合わせて、市場は変化します。例えば、高度経済成長期は大量生産・大量消費を前提に市場経済のシステムが機能していました。バブル崩壊後には、社会の多様化とともに「おひとりさまマーケット」など新たな市場も誕生。草食系男子が顕在化した2010年以降も、メンズコスメや男性ファッション市場が伸びました。今、本格的なデジタル化や新型コロナウイルス禍、働き方改革などを契機に社会が大きく変わりつつあります。こうした変化に伴って必ず新たな市場が生まれます。実はこうした環境変化は、小回りのきく中小企業にとって大きなチャンスだと思います。

山地:アシダ音響は近年、販路を一般消費者向けに拡大し、音楽用ヘッドホンを大ヒットさせました。自社ブランドの確立の契機を教えてください。

柳川久(アシダ音響 代表取締役社長 以下略):当社は1942年に創業した音響機器メーカーです。当初、主にスピーカーを手掛けていましたが、90年代からヘッドホンやマイクなどをOEM(相手先ブランドによる生産)供給するようになりました。スマートフォンやデジタル音楽プレーヤーの登場で、2000年代半ばに音楽用ヘッドホンのニーズが急拡大しました。その結果、多くの企業が市場に参入し、価格競争が激化。供給先企業が求める価格での製品提供が難しくなりました。また、OEMの場合、供給先の都合による急な設計変更などで、従業員が長時間労働を強いられるケースがあります。働き方改革やワークライフバランスが叫ばれる中、こうした悪弊を断とうという思いもあり、自社ブランドの確立や新規販路の開拓を模索し始めました。

■強みと弱みを見極め、販路に応じた売り方を

山地:自社ブランドの立ち上げ時、社会情勢や消費トレンドをどう捉え、どんな戦略を立てましたか。

柳川:20年ごろから、昭和レトロがもてはやされるようになりました。当社のヘッドホンは音質にこだわった開発を行ってきました。業務用が中心なので、シンプルですが、高性能が売りでした。そこが若い世代に「刺さる」のではないかと考え、自社ブランドによるネット販売に取り組みました。大手メーカーの製品は、カラフルな化粧箱に入り、中の商品が見えるように、透明なプラスチックで覆ったブリスター梱包が施されています。店頭に並べたときの視認性が高まるからです。そうした梱包を簡素化し、コストダウン分を製品の品質向上と販売価格に振り分けました。ネット販売なので、製品写真をウェブにあげれば、視認性は必要ないので、製品は箱に入れただけの簡易包装で十分です。同時にこうした対応はSDGs(持続可能な開発目標)の潮流にも合致するものだと考えました。ネット環境や画像加工などに詳しい社員に協力してもらい、ECサイトを立ち上げました。

牛窪:時代のトレンドを見つめるなかで、販路や梱包への気づきがあったのですね。お話を聞いて、SWOT(スウォット)分析がきちんとできている印象を受けました。SWOT分析とは、自社の内部環境をS(強み)とW(弱み)に、外部環境をO(機会)とT(脅威)に分け、そのプラスマイナスを考えるマーケティングの手法です。アシダ音響の場合、Sは高い技術力による音の良さ、Wはブランド知名度の低さでしょう。一方、Oはコロナ禍によるウェブ会議の普及や昭和レトロなどで、Tはライバル企業による模倣の可能性でしょうか。

柳川:技術力という強みは、OEMによって鍛えられました。例えば、同じ低音でも、供給先企業によって求める音が異なります。その中で生き抜いてきた技術があるからこそ、自社ブランド製品の開発ができました。今後もこれは当社の宝だと思います。

山地:日本の中小企業には、実はそうした宝がたくさんあります。ただ、それを生かすリソースがないのが課題です。そこで中小機構では、そうした中小企業向けに販路開拓の支援サービスを提供しています。例えば、様々な業界に精通したアドバイザーが販路開拓力の向上をハンズオンで支援する「販路開拓コーディネート事業」がその一つです。テストマーケティングなどを通じて、進出先の絞り込みや顧客価値の明確化など、新分野・新市場への進出をサポートします。海外の販路開拓支援では、経済産業省、中小企業庁、ジェトロと一体となって、「新規輸出1万者支援プログラム」も実施しています。またEC活用支援として、ポータルサイト「ebiz」による情報提供、ワークショップの開催、専門家によるアドバイスなどを行っています。さらにビジネスパートナーや新規取引先などを探すビジネスマッチングサイト「ジェグテック」では現在、国内中小企業約2万4千社、国内大手企業約900社、海外企業約8千社が登録し利用しています。

■客観視が大切、第三者との対話必要

柳川:私は中小機構の支援を2度受けています。一つは中小企業大学校が行う経営後継者研修の受講です。全国から集まった中小企業の後継者たちと寮に入り、マーケティングや財務、経営法務を10カ月間、集中的に学びました。もう一つは海外への販路拡大の支援です。相談当初は円安だから海外展開を考えるといった、漠然とした動機でした。それに対して中小機構の専門家から、海外のディストリビューター(流通業者)の利用や、海外展示会への出展、越境ECの立ち上げなどの提案をいただきました。国内マーケットで足固めしてからの進出というサゼッションもあり、自社の事業を見直すきっかけになりました。

牛窪:SWOT分析でもそうですが、難しいのは自分自身や自社を客観視することです。経営者の多くは孤独で、相談相手があまりいない。日本人、とくに男性の特徴として、自分の弱みを他人に見せるのが苦手。客観視するためにも、他の中小企業経営者との人脈や、中小機構のような専門家を擁する機関とのお付き合いや対話がとても大切です。

山地:販路開拓に取り組む中小企業の経営者にメッセージをお願いします。

柳川:私は変化に強い会社をつくりたいと多柱経営に取り組んでいます。その実現に販路拡大が欠かせません。私自身、中小機構から今後もたくさんの気づきやヒントをいただきたいですし、ぜひ皆さんも積極的に活用することをお勧めします。

牛窪:変化の激しい時代にあって、社会情勢や消費トレンドを見極める重要性は一段と高まっています。こうした状況の下、新たに行動を起こす上で、知識や経験のある専門家から様々なサポートを受けられることは本当に心強いです。今回お話を伺って、私も相談してみたいと思いました。

山地:悩みを抱える中小企業の経営者にとって、話を聞く、アドバイスする存在として、今後も積極的に支援活動を行っていきます。ぜひ気軽にお声がけください。本日はありがとうございました。

世代・トレンド評論家牛窪 恵(うしくぼ めぐみ)

東京生まれ。立教大学大学院(MBA)修了、同大大学院客員教授。2001年4月、マーケティングを中心に行うインフィニティを設立、同代表取締役。これまで財務省、経済産業省、内閣官房など多くの政府委員を歴任。トレンド、マーケティング関連の著書多数。現在、NHK総合「サタデーウオッチ9」、フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」などでコメンテーターも務める。

アシダ音響
代表取締役社長
柳川 久(やながわ ひさし)

アシダ音響は1942年創業。スピーカー、イヤホン、ヘッドホンなどの製品を手掛ける音響機器メーカー。「永く信頼出来るモノ」をモットーに「音質本位」「堅牢主義」のモノづくりを社是とする。近年は、ヘッドホンST-90-05が大ヒット、注目を浴びた。柳川久氏は2007年に祖父が創業したアシダ音響に入社。15年に父の後を継いで代表取締役に就任した。22年度より「中小企業応援士」としても活動中。

2023年12月13日付日本経済新聞朝刊「中小企業と未来を拓こう 広告特集」より転載。
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