中小企業と未来を拓こう
Vol.6 事業承継

フリーアナウンサー 唐橋ユミ
山崎製作所 代表取締役社長 山崎かおり
アイゼック 代表取締役 中村龍一
中小企業基盤整備機構 理事長 豊永厚志

中小企業の経営者の高齢化が進行するなか、事業承継の促進が喫緊の課題となっている。中小企業基盤整備機構(中小機構)が提供するシリーズ企画「中小企業と未来を拓こう」。第6回目のテーマは「事業承継」。後継者の育成・選定、個人保証の引き継ぎ、雇用の維持など、事業承継を進める上での課題は多い。そこで今回は事業承継を経験した精密板金加工メーカー山崎製作所(本社:静岡市)の山崎かおり社長、映像関連機器販売アイゼック(本社:東京都府中市)の中村龍一社長の2人と、実家が代々承継が続く造り酒屋であるフリーアナウンサーの唐橋ユミさんを迎え、事業承継を進める上での課題や対処方法などについて話し合った。

■深刻な後継者不足、廃業する会社急増

豊永厚志(中小企業基盤整備機構 理事長 以下略):いま後継者がいないが故に、会社は黒字だけど廃業する中小企業が増加しています。その結果、企業の倒産件数は1万件に達していないのに、休廃業した企業数は約5万件と大きく上回っている状況です。こうした状況を改善しようと、政府は2018年の税制改正大綱で事業承継税制を拡充し、事業承継・引継ぎ補助金を継続実施するなど、様々な支援策を実施してきました。「2023年版中小企業白書 小規模企業白書」によると、後継者の不在率は17年の66・5%から22年の57・2%と改善傾向が見られ、直近2年間では高齢の経営者の割合も低下しています。しかし、厳しい状況に変わりはありません。
事業承継には親族内承継、従業員承継、第三者承継の3つがあります。25年くらい前は80%以上が親族内承継でした。それが近年、第三者承継の割合が増えて3割程度あり、そのうちM&A(合併・買収)が2割を占めています。多様化する事業承継の実態を理解して、ぜひ多くの中小企業経営者に事業承継へと計画的に取り組んでもらうことが大切だと考えています。山崎さんと中村さんはどのような事業承継をされたのですか。

山崎かおり(山崎製作所 代表取締役社長 以下略):私は父からバトンタッチしました。リーマン・ショックで売り上げが大幅に減って、経営が厳しい状況下でした。モノづくりに興味はありませんでしたし、正直やりたくなかった。会社を支えてくれた社員のことを考えたら、継ぐしかありませんでした。突然だったので仕事を覚えるのに必死で、父とよくもめました。少し時間はかかりましたが、父のつくってきた技術や職人をリスペクトし、父の思いを理解できるようになって、ようやく事業承継できました。それから社員との一体感を醸成しながら、作業工程の見直しや生産工程のIT(情報技術)化など社内改革を推し進め、業績はV字回復しました。

中村龍一(アイゼック 代表取締役 以下略):元々起業を考えていて、会社を辞めて準備を進めていました。そこへ後継者人材バンクに登録していた神奈川県事業承継・引継ぎ支援センターから「後継者のいない防犯カメラの会社があるのでどうか」と連絡を頂き、そうした起業のやり方もあると思い、話を聞いて半年後に会社を買う形で引き継ぐことになりました。日本政策金融公庫が実施している制度融資を活用し、資金調達しました。ゼロからの創業とは違い、取引先との信頼関係や技術・ノウハウの蓄積といった経営資源を引き継げたことは大きなメリットでした。電気設計技術者としての経験を生かし、新製品を開発するなど、事業拡大に努めています。

豊永:唐橋さんはご実家が造り酒屋だそうですね。

唐橋ユミ(フリーアナウンサー 以下略):創業106年の会津にあるほまれ酒造という会社で、兄が5代目です。11年の東日本大震災の際に、父から兄が引き継ぎました。兄は努力家で、特定名称酒の割合を高めたり、海外に目を向けて輸出を増やすなど、事業の幅を広げ、震災からの立て直しを図りました。

■事業再構築の機会、支援糧に業容拡大

豊永:皆さんの話に共通することは、事業承継は最大の事業再構築だという点です。新しい発想、新しい技術を取り入れて企業を変革する好機です。M&Aも、PMI(統合プロセス)の課題はありますが、事業が飛躍する大きな契機となっています。事業承継時の経営者年齢が若い企業では、事業再構築が進み、売り上げ増加につながっているという調査結果も出ています。事業承継後に経営者として取り組んだことはありますか。

山崎:ものづくりの現場って、男性社会です。でも人口の半分は女性。女性の視点を入れ、融合することで、それまでとは全く違う事業の可能性が生まれます。当社では板金加工の技術を生かして、長女が中心となってヘアアクセサリー「KANZASHI」を開発し、BtoCビジネスを始めることができました。

中村:会社を引き継ぐ上で苦労した点は、創業者が高齢で、すべての作業が属人化し、IT化がほとんどできていなかったことです。そこで教わったことはすべてデータベース化し、クラウドに保存。結果、顧客対応力が高まりました。またテレマーケティングも導入し、販路拡大も進みました。

豊永:全国の事業承継・引継ぎ支援センターの人材バンクには現在6千人以上の登録があるなど、会社を経営したいという機運は高まっています。400メートルリレーではないですが、バトンを渡さないとつながりません。事業を承継する側、承継される側、それぞれの背中を押す支援が必要ですね。

中村:創業者が東京都多摩地区の事業承継・引継ぎ支援センターに相談していたので、私が登録していた神奈川県事業承継・引継ぎ支援センターの後継者人材バンクの情報が共有されていて事業承継のマッチングが実現しました。

山崎:私の場合は地元の中小企業家同友会の先輩がいろいろアドバイスしてくれました。社長であると同時に、家事、育児を行う主婦。男性とは違う課題があります。そこで女性事業承継者を支援する静岡県女性経営者団体「A・NE・GO」を設立し、静岡県事業承継・引継ぎ支援センターとも連携して、相談・情報提供をしています。

唐橋:兄は父から「自分の思うようにやりなさい」と言われたそうです。自分で事業に足りていないことを探してはつくり上げていく、ということの連続だったようです。

■共感力を大事に、計画的な実行必要

豊永:最後に一言アドバイスを。

山崎:早めに計画を立てること、周囲の声に耳を傾けることを大事にしてください。それと固定観念にとらわれないでほしい。「娘には絶対無理」とか(笑い)。私は娘と息子がいますが、家族で幸せな事業承継を計画的に進めていきたいと考えています。

中村:M&Aはよく結婚にたとえられます。条件やタイミングも重要ですが、お互いをよく理解し、話し合うことが大切です。それと若い人には、国の補助金やサポート制度などをうまく活用して、ぜひトライしてほしい。

唐橋:今日お2人の話を聞いて、事業承継はコミュニケーションが鍵だと感じました。私は日ごろ、仕事で話を聞く時に「心・疑・態」を大事にしています。あなたに関心がありますと熱意を伝える「心」、小さな疑問をおろそかにせず質問を重ねる「疑」、先入観にとらわれない柔軟な態度の「態」。相手を理解することで信頼感が生まれ、モチベーションも上がります。ぜひ共感力を大事にしてほしい。

豊永:事業承継をスムーズに進めるには3つポイントがあると考えています。1つ目が「自社だけの問題ではない」。従業員、取引先、地域の人など、多くの利害関係者がいて、それを考えた上で会社をどう存続させていくかが重要です。2つ目は「計画的な対応」。後継者の育成・選定や手続きなど、やはり時間が必要です。そして最後が「相談」。独りで悩むのではなく、誰かにアドバイスを受けることで、課題はクリアできます。中小機構では、事業承継・引継ぎ支援センターの全国本部として47都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターをサポートしています。円滑な事業承継のための助言、実務に関する助言や研修などを行っているので、ぜひ活用してもらえればと思います。

フリーアナウンサー唐橋 ユミ(からはし ゆみ)

福島県喜多方市生まれ。1999年から5年間、テレビユー福島のアナウンサーとして活躍。その後、フリーとなり、TBS系「サンデーモーニング」、BSフジ「大相撲がっぷり総見!」、TOKYO FM「ノエビアカラーオブライフ」、文化放送「木田裕士・唐橋ユミ ジパングの黄金」など、多方面で活躍中。利き酒師の資格も持っている。

山崎製作所
代表取締役社長
山崎 かおり(やまざき かおり)

大学卒業後、個人輸入雑貨店を起業。一般企業OLを経て、1991年に先代の父が経営する精密板金加工業の山崎製作所に入社。2009年に代表取締役に就任。様々な社内改革を実行し、自社プロダクトブランド「三代目板金屋」を立ち上げた。女性ならではの視点で経営改革と地域振興に取り組む。1男1女の母。

アイゼック
代表取締役
中村 龍一(なかむら りゅういち)

1986年生まれ。大学卒業後、大手プラント企業に勤務。起業するため33歳のときに会社を退職。事業承継・引継ぎ支援センターからの紹介があり、2019年11月にアイゼックを株式譲渡契約により事業承継。1年間の引き継ぎ期間を経て同社代表取締役に就任。

2024年2月16日付日本経済新聞朝刊「中小企業と未来を拓こう 広告特集」より転載。
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