「今はまだいいかな」と先送りしがちなのが事業承継の対応。しかし、どこかで着手しないといけないと思っている方も多いことでしょう。そこで考えたいのは、事業にも寄与しながら事業承継準備をいかに進めていくか。その1つにご紹介したいのが、事業継続力強化計画の活用です。経営者として把握しておくべき実態やリスク要因を把握しつつ、認定制度を通じた経営効果も得られます。
お話を伺った方:独立行政法人中小企業基盤整備機構アドバイザー 山﨑 肇さん中小企業事業承継・事業引継ぎ支援全国本部プロジェクトマネージャー 上原 久和さん
中小企業の経営者の年齢分布を表した図があります。1995年当時には最も多い経営者の年齢は47歳でした。しかしこの23年間の間にピークの山が毎年右にずれ、現在は70歳に到達しています。一方、60歳以上の経営者のうち後継者が決定しているという企業は少なく、むしろ50%強が廃業予定と答えている調査もあります*1。廃業した企業の6割以上は黒字というデータもあり、事業性がないことによる廃業だけではありません*2。
これまで商品・サービスを提供してきた会社がなくなるということは、取引先にとっても打撃です。地域経済への貢献、そして雇用の面など、果たしている役割も多くあります。もし「後継者もいないことだし」というのが廃業検討の一因になっているとしたら、そこは工夫次第です。一度ぜひ、事業承継の可能性を考えてみてください。
出典:2019年度版 中小企業白書「中小企業の経営者年齢の分布(法人)」PDFで閲覧
経営者が事業承継を考えるタイミングは、自身が病気するなど年齢の影響を感じたときが多いと言います。一方、事業承継の準備には、中規模企業で9割以上、小規模事業者で8割以上が「3年以上必要」だと答えた調査データがあります*3。早めに事業承継について考えることで、計画的に後継者を育成することができますし、今、該当者がいない場合でも先を見越した採用など選択肢を考えられるようになります。
最近では、取引先側の事業継続や製品供給責任の観点から、事業承継計画の有無を確認されるケースも聞かれます。今現在の会社の信用度にも関わってくるのです。万全の準備に至っていなくても構いません。事業承継をどうするかについて計画的に考えている、育成を始めているかどうかが、会社の持続性を担保する一歩目として求められます。
そのプロセスの1つにご紹介したいのが、事業継続力強化計画を活用した後継者育成です。経営者としての心構えの育成や経営の要諦の認識機会として活用いただけます。
事業継続力強化計画とは、事業継続計画(BCP)へのはじめの一歩と位置づけられている整備スキームです。いざというときのリスクを洗い出し、ヒト・モノ・カネ・情報・協力体制という5つの観点から対応の準備をしておくことができます。大規模災害が起こった時のリスクマネジメントの1つとして位置づけられることもありますが、災害に限らず経営活動を持続するための観点が包含されています。
この事業継続力強化計画の策定は、経営全体を把握しないと実効性あるものにできません。事業継続力強化計画の策定を後継者候補の方に任せてみることで、自社の経営資源やリスク要因を把握し、経営の意志決定をシミュレーションしていく機会にすることができます。
そもそも事業承継とは、次世代の後継者に事業経営そのものやその裏付けとなる事業財産を引継がせることで、事業を継続し発展させることです。事業経営には、代表権など対外的なものから実際に運営に必要となるノウハウ・人脈・技術・経営理念などの付加価値源泉まですべてが含まれます。その他に事業財産として、株式や事業用資産も含まれます。
つまり、ただ会社の代表権と株を引継ぐだけでは事業承継したことにはなりません。人材、技術力、営業力といった自社の利益を生む源泉をきちんと把握し、伝承していく必要があります。
引き継ぐべきものとしては、大きく5つの観点があります。
事業継続力強化計画の策定をすると、この5つの観点をすべて洗い出すことができます。現経営者の持つ経営ノウハウを可視化する機会にもなるといえます。
事業継続力強化計画の策定は、次の5つのステップで行います。後継者育成機会として使うならば、この計画策定をプロジェクト化し、推進リーダーを後継者に任せてみるのが効果的です。
それぞれのステップごとに、経営者として求められる観点が含まれています。後継者育成として事業継続力強化計画の策定を任せた場合には、ぜひステップごとに確認・議論機会を設け、次のような点を後継者に投げかけてみてください。経営者視点を鍛えるうえでの議論機会にもなるはずです。
事業継続力強化計画を策定するには、現状把握が少なからず求められます。その際に後継者候補の方が各現場の人たちと直接コミュニケーションをとっていくのも事業承継プロセスにとっては有効です。経営視点で各現場の話を聞くという関係性が生まれてくるからです。仮に今まで接点がなかった部門があったとしたら、その人たちと会話する機会となり、従業員同士のコミュニケーションを増やす機会にできます。
さらに、後継者を平時の推進体制の責任者に任命することで日頃から、取組状況に関する計画の進捗状況の確認、役員会での報告、従業員への説明を行う等のサイクルを作り、後継者自身の自覚や社内における意識の統一につなげられるようになります。
一方、事業承継のプロセスそのものにも、事業継続力強化計画やBCPは有効です。ある会社では、先代社長が急逝してしまったときに、BCPに則り迅速な対応をとりました。まず、緊急時の指揮者の順が明記されていたので、それに則り意志決定者を明確にしました。次に、初動対応手順で優先されていた観点に則り、関係者に迅速に周知しました。後継者本人も周囲も納得できるプロセスを簡単にとることができたのです。
事業継続力強化計画には、自社の存在意義を踏まえた上で、重要な「ヒト・モノ・カネ・情報」について必ず記すことになります。認定制度であるため、取得すると金融支援枠や税制優遇、補助金採択の加点対象にもなります。現在の経営をより強靭にするためにも、将来にわたり安定した経営をつくっていくためにも、ぜひ事業承継を想定した活用についても検討してみてください。
*1 日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2019年調査)」参照(https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/sme_findings200124.pdf)*2 株式会社東京商工リサーチ「2020年『休廃業・解散企業』動向調査」参照(https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20210118_01.html)*3 2014年中小企業白書(株式会社日本政策金融公庫「中小企業の事業承継」)参照