「一人前になるまでに10年はかかりますが、歴史を後世に残せる刺激的な仕事ですね」
宮大工は伝統的な工法を使って歴史的建造物の改築、修繕などを行う仕事。大工の頂点とも言われ、身につけるべき技術や知識は幅広い。
「棟梁の下につき、見習いから始めます。現場の掃除や、大工道具の研磨や手入れ、木材などの材料運びの仕事はもちろん、体で覚えることがたくさんありますね。大工は棟梁を見て盗め、が慣習なんですが、私はこれをデジタル化したいと思っています」
技術や知識は豊富でも、“教えること”を教わってこなかった棟梁は多い。株式会社会津組を率いる松平容保社長は、棟梁たち一人ひとりを呼んで、技術動画を撮ることにした。
「初めはただ黙々と作業して終わり、という状態でした。コメントをくれないんですよ。だから、私が弟子になりきって細かく質問しました。根気強く、技術や知識を言語化してもらったのです」
日々、技術の鍛錬は欠かさず、道具を大切に扱い、寡黙に木と向き合う。そんな素晴らしい棟梁たちに、人に教える楽しさを知ってもらうためのアイデアだった。動画に慣れてきた頃、内に秘めた想いも少しずつ吐露してくれるようになったという。
「カメラを回しているのは私です。棟梁たちは弟子たちが後で見るのが少し気恥ずかしいようですが、自分の信念を伝えることは絶対に必要だと説得しました。密着ドキュメンタリーを撮る感じですね」
技術動画はアーカイブとして残し、社内で自由に閲覧できるようにしている。同じ組の一員であっても棟梁たちがこなしてきた寺社建築はそれぞれ異なるので、知識や技術のアップデートと共有が可能だ。
「工事管理アプリを使い、現場での人の配置が見えるようになったので、今回の動画撮影もうまくいきました。工事の工程が見える化されただけでなく、人にフォーカスした取り組みにまで発展させることができたのは嬉しい収穫でしたね。撮って終わりにしないために、動画を見る時間、そして動画で気になったことを弟子が棟梁に聞きに行く時間を設けています。棟梁も弟子も忙しいから、会社がその時間を指定するようにしているんです」
はじめは松平社長自身で動画の撮影・編集などをこなしていたが、得意だという若手が手をあげてくれたので、今は若手を巻き込んで技術伝承に精力を注いでいるという。
「若い人たちは皆、宮大工に憧れてこの道を目指してくれた。棟梁の人格や技術に惚れて、その技をどうにかして受け継ぎたいと思っているんです。師弟関係で培われるものすべてをデジタル化しようというのではなく、動画でサポートできる部分は動画に担ってもらう、ということ」
経営者である前に一人の宮大工として、松平容保社長は棟梁たちと弟子の関係がいかに大切かを知っている。
「体力的な問題以上に、師弟関係が良好でないとこの仕事は続かない。動画は潤滑油みたいなもの。棟梁たちも、弟子も、お互いに歩み寄ること。その先に未来があります」
ITの力で社員の稼働状況を可視化し、人材育成の時間の確保を実現した「工事管理アプリ」とは? アプリ導入の経緯とその効果について聞きました。
――導入に至った背景を教えてください
複数の現場が並行すると、余裕のある現場とそうでない現場が生まれます。社内で人員をうまく融通することも課題でしたし、技術伝承は棟梁と弟子に任せっきりになってしまっていたので、会社としてきちんと人材育成の機会と時間をつくりたいと思っていました。
――導入の効果はいかがですか?
誰がどの現場にいるのかを一目で把握でき、人員調整できる体制が整いました。社員が翌日以降にどんな動きをするのかもアプリ上で明確になるので、確認のためにわざわざ現場から本社へ戻るといった無駄もなくなりました。技術伝承のための動画を撮る時間ができたのも、このアプリのおかげだと思います。
――御社らしい使い方の例を教えてください
懸案だった技術伝承、広い意味では人材育成のために利用しています。棟梁も某テレビ番組のように匠の職人技を伝えるための動画だと言うと理解してくれますし、教えることに対する免疫もつきます。これまで体系化されてこなかった技術や知識のアーカイブを増やして、会社の財産にしていきたいですね。