「甲州街道沿いに美味い定食屋があるようですね」
大久保利通社長はスマートフォンの画面を見せてくれた。味噌の艶が美しいサバの味噌煮、揚げたてのアジフライ、大盛りの白飯、具沢山の味噌汁、漬物など、食欲をそそる定食の写真とともに歓喜のコメントが投稿されている。
「弊社のチャットにはドライバー飯と呼ばれるスレッドがあって、昼時はみんなこぞって写真をアップしています。当初は、私がスタンプを押すだけでちょっとした騒ぎになりました」
真剣な表情で話す姿からは、こちらを笑わそうという気持ちは微塵も感じられない。大久保社長はいたって真面目なのである。
「リアクションがここまで重大な意味を持つとは思っていなかった。明らかに私が社員だった頃とはコミュニケーションの質が変わってきています」
堅実な会社経営で知られる株式会社日本利通。チャットアプリ導入は周囲を驚かせたが、これにはきっかけがあるらしい。
「京都から東京に向かう道でひどい渋滞に巻き込まれ、輸送日程に大幅な遅延が生じたことがありました。鳥羽伏見のあたりだったと思う。ドライバーから本部へは電話連絡があったが、私に報告が上がったのは翌日の日報でした。なぜそんなに遅れたのか聞くと、報告と連絡の手段がほかになかったからだと」
社内でいわゆる報連相は指導されていたが、それも紙ベースの事後報告。単なる標語として形骸化してしまっていたのだ。
「物流が滞るのは道路や天候の悪条件といった自然的要因が大きいが、報告が滞るのは明らかに人的な問題です。この業界では人的な問題をロボティクスで解決しようとする動きが活発でしょう。新しいシステムをコミュニケーションにも取り入れることで、効果があると期待しました」
大手に対抗できる輸送体制の構築に注力し、順調に事業を拡大させてきた同社だが、意外にも社内のコミュニケーション不足が課題だった。
「私は、正しいことをすれば多くを語らずとも理解されると思ってきました。言葉より実行あるのみだと。しかし、それは単なる命令にすぎなかった。部下たちが知りたいのは決定に至ったプロセスや、そこにどんなビジョンがあるのかという思いの部分だったのです」
チャットアプリで自ら発信し会社としてのストーリーを共有するようになり、社員との関係性に変化が起きたという。
「以前は私が出社すると社員たちは私語をやめ、水を打ったように静かになっていた。あまり気に留めていなかったんだが、職場に不必要な緊張感を与えていたのですね。今は様変わりしました。社員が私に積極的に話しかけてくれることもそうだが、チャットを活用して部署をまたいでの連携がしやすくなり、ドライバー同士の情報交換も増えました」
コミュニケーションのIT化は、通常業務のみならず組織風土に良い影響をもたらした。大久保社長は報連相の考え方をデジタルシフトすればいい、と話す。
「報連相のうち、報告と連絡はチャットで構わない。即時性が求められるのでむしろ好都合です。ソリューションが求められるのは最後の相談ですから、ここをリアルでしっかり対応すれば生産性も自然と上がるのです」
滞りがちだったコミュニケーションの流れをスムーズにし、生産性を一気に高めた「チャットアプリ」とは?アプリの導入の経緯とその効果について聞きました。
――導入に至った背景を教えてください
直接的には、輸送トラブルを経験したことです。社内では鳥羽伏見事件と呼んでいるが、従来の報連相が機能していないことが露呈しました。電話や紙ベースのアナログなコミュニケーションが原因で業務に影響を及ぼすことを実感し、導入に踏み切りました。
――導入の効果はいかがですか?
報連相で言えば、報告と連絡のスピード感は劇的に改善されました。それに伴って、マネージャー層は重要な相談に集中できるようになった。現場のリアルな声が届くのも非常にいい。私がチャットを通して社員たちに意見を求めると、反応が多くきて、有意義なディスカッションが展開されます。
――御社らしい使い方の例を教えてください
まるで全国に縦横に延びる道のように、多くのスレッドがあります。道路情報のスレッドでは事故や渋滞がリアルタイムにコメントされ、注意喚起に役立っている。冒頭でお見せしたドライバー飯スレッドも人気があり、ベテランと若手の会話のきっかけにもなっていますよ。