「さ、どうぞひと口」
テーブルの前に出された皿に乗っているそれは、今しがた缶から取り分けられたばかりの何の変哲もないツナである。勧められるまま口へ運ぶとほろほろと身が崩れ、旨味が広がった。
「実はこれ、ツナじゃないんだよ」
勝海舟社長のひと言に驚いた。見た目も味も正真正銘ツナだ。もしこれがツナでないとしたら一体何だというのか。
「豆類を原料にした、植物由来のツナです。その名も、なんちゃってツナ」
言われてみれば、魚がもつ独特の匂いが薄かった気もする。しかしこれだけ遜色なく作られていると植物由来だとはおそらく誰も気づかないだろう。勝社長は自分でも箸を取り、なんちゃってツナをほおばった。
「売れに売れてますよ。出荷が追いつかず、注文を一時ストップしているくらい」
株式会社カイシュウフーズが先月から売り出したなんちゃって缶シリーズは、ツナ、さけ、サバの全3商品。SNSで人気に火が付き、ECサイトでは補充と同時に品切れになるほどのヒット商品だ。
「水産物の食品加工会社が、なぜ魚の代替品をつくり始めたのか不思議かもしれないね。率直に申し上げれば、私は今後、魚を獲れなくなると思っているんですよ。向こう10年くらいは今のまま変わらないかもしれん。だが、20年後はわからない」
海産食品業界は近年、多くの課題に直面している。プラスチックゴミによる深刻な環境への懸念をはじめ、タンカー座礁による海洋汚染の問題や漁場をめぐる国際的な緊張関係などはよく知られているところだ。
「限りある資源をベースにした既存のビジネスモデルは、将来的に大転換を迫られる可能性がある。その時になって慌てないためにも、世界の動向を注視し、持続可能なビジネスモデルに手を付けるべきですよ。幸い、植物由来の海産食品代替品はまだプレイヤーが少ない。とくに日本の漁業界では禁じ手のように思われています。誰もやらないなら、私が海路を見い出しましょう、ということ」
基幹事業である水産物の食品加工は続けながらも、勝社長の目は常に世界へ向けられている。ベジタリアンやヴィーガンなど、健康意識や社会的な意義を理由に食品を選ぶ人は日本でも増えつつある。欧米をはじめ市場規模も年々拡大し、今後も成長が見込まれているのだ。
「大豆ミートってあるでしょう?あれがなかなか美味い。最近は専門店もあるしコンビニで買える商品も増えました。社内でも若い人は結構食べていてね。魚はヘルシーだから代替品へスイッチさせるのは簡単ではないが、缶詰なら常温で日持ちもして、備蓄品としても優秀です」
勝社長は確かな手応えを感じている。アイデアを出してきたのが若手社員だったからだ。
「少し前から要望の多かったフレックスタイム制を取り入れ、勤怠管理もデジタルへ移行しました。若手にとっては自由に時間を使えるようになって、自分でほかの工場を回ったり市場調査したりとインプットに積極的になった。その成果が出ましたね」
若手社員に働き方の裁量を与え、ヒット商品開発にもつながった「勤怠管理システム」アプリとは?アプリの導入の経緯とその効果について聞きました。
――導入に至った背景を教えてください
手作業で行っていた勤怠管理が限界にきていたのです。経費精算や給与計算なども別々で大変な手間がかかっていたし、パソコンへの手入力はミスが起きやすい。フレックスタイム制導入の足枷にもなっていたので、抜本的に改革することを決意しました。反対する人はいませんでしたね。無血導入です。
――導入の効果はいかがですか?
属人化がなくなり、現場の負担が軽くなりました。フレックスタイム制も導入できたことで、若手のモチベーションアップにも。最近のヒット商品である、なんちゃって缶シリーズは勤怠管理アプリなくしては生まれなかったと思います。
――御社らしい使い方の例を教えてください
その日に収集した情報があれば退勤時に書き込んでもらっています。デジタル日報みたいな使い方ですね。これが意外と面白く、商品開発の源泉になることもあるんです。気づきを逃さず言語化しておくことは、日々の業務に対する見方も変えますからね。