「函館を終の住処にするのも悪くないな」
午前の診察が落ち着き、短い休憩中の土方歳三院長は旅行パンフレットをめくっている。机の上に酒やスルメが置いてあるところを見ると、どうやら函館帰りのようだ。
「リフレッシュしたくて五稜郭にね。見事な場所でした。なんだか懐かしい心持ちがして不思議だったよ」
美しい北の大地に魅せられ、自らの来し方と行く末に思いを馳せた旅だったという。
「人は必ず老いるでしょう。人生100年時代と言われて久しいが、内実は老後の生活資金問題でもある。身体の自由がきかなくなったり、社会情勢の変化で廃業せざるを得なかったり、色々な可能性があります。経営者である以上、資金をどう確保しておくかは考えなければいけない」
個人開業医である土方院長は、数年前から小規模企業共済制度に加入している。小規模企業の経営者や役員が廃業や退職時の生活資金などのために積み立てるもので、掛金が全額所得控除できるなどの税制メリットに加え、事業資金の借入れもできる優れた制度だ。
「簡単に言えば小規模企業経営者のための退職金制度。私はよく知らなかったんだけど、榎本がそっちに詳しくてね」
名前が出たのは、クリニックの副院長である榎本武揚氏。確かな施術の腕を持ち、患者からの信頼も篤い。
「153万人が加入している国の制度だから、利用しない手はないと。榎本がそう言うなら、ぜひ調べてくれと頼みました」
榎本氏が青色申告会の窓口に問い合わせ、手続きもスムーズに進んだ。掛金の増減が柔軟にできるほか、掛金の納付期間に応じた貸付制度も用意されており、加入のメリットは大きいという。
「石田湿布開発のための資金繰りに役立ちました。私たちは、生まれた瞬間から死に向かっているとも言える。華を咲かすのはいつでもいいが、養分がなかったら咲くこともままならない。挑戦者として勝つためには地固めも必要です」
時計が鐘を打つ。午後の診察開始の時間が迫っていた。
「北海道での開業もありかもしれないね。榎本も函館は気に入っているみたいだから。慣れ親しんだ土地を離れるのは寂しいが、勝機があれば移ってもいい。可能性を決めつけずに、柔軟に考えるよ」
土方院長は一瞬、バラガキらしい好奇心に満ちた光を目に宿した。