公私ともに深い付き合いを続けてきた二人の経営者は、事業のトランスフォーメーションについて異なるアプローチを持っているようです。今回は、徳川慶喜オーナーシェフが経営するchez YOSHINOBUのラウンジにシブボウ株式会社の渋沢栄一社長をお呼びして、対談を行いました。
――お二人は古くからのお知り合いだそうですね。
徳川オーナー:前の店からのご贔屓さんですよ。
渋沢社長:歴史ある徳川を閉めたと聞いた時は驚天動地の思いもありましたが、慶喜さんの性格を考えればさもありなん、と納得しました。
徳川オーナー:誰にも相談しなかったからね。僕が260年続いてきた徳川を継いだ時、店はすでに落ち目でした。ここまでやってきたという威信だけで体裁を保っていたが、屋台骨はボロボロで客足は遠のいていた。潮時だったんですよ。誰が幕を引くのかが問題だっただけ。
渋沢社長:家業を自分で終わらせる気持ちは、私には想像もつかないことです。
徳川オーナー:渋沢さんは家業をうまくアップデートしてやってきたからね。僕も初めは内部改革でいけるかと思ったんだが、無理に延命させても創業時や成長期の栄光は取り戻せないとわかってきた。むしろ、新業態で出直した方が徳川のスピリットは残せる気がしたんです。
――新業態でのチャレンジは大成功したと言えますね。
徳川オーナー:渋沢さんにも随分、力添えをいただきました。周りを見てください。カーテン、テーブルクロス、フロアマット…それにコックコートやエプロンまで、目の届く範囲にある布という布はすべてシブボウ製です。
渋沢社長:慶喜さんからご指名をいただけて光栄でしたが、緊張しましたよ。新規開店に水を差すようなことがあってはならないと。
徳川オーナー:おかげで日本料理店からフレンチレストランへうまくトランスフォームできたと思います。僕の場合、少々極端だったけれどね。
渋沢社長:自社の状況や、市場のニーズを把握した上での決断だったと理解しています。時には大胆に変革せざるを得ないこともある。
――渋沢社長は事業のトランスフォーメーションについてはどうお考えですか?
渋沢社長:事業改革に重要なのは人材育成です。人は置かれた立場や環境でいかようにも変化しますからね。わが社では、各地の工場管理者の育成に力を入れています。
徳川オーナー:そう言えば、渋沢さんが持ってきたコックコートとエプロンのサンプルが非常によかった。もとは医療用に開発された血流改善効果をもたらす繊維でつくられているとかで、プレゼンもよくてその場で決めた覚えがあります。厨房で忙しなく働き、疲労がたまりやすい我々にとって画期的なアイテムでした。あれは確か、現場の発案だったんじゃない?
渋沢社長:富岡の工場長が行った工場改革の成果です。彼は中小機構の工場管理者養成コースのゼミナールで、自社課題を研究していました。ラインに乗せるものや流し方について見直しを進め、医療用に大量生産していた商品を一般向けに多品種・少量生産できるように改善したのです。
徳川オーナー:デザインには口を出させてもらいましたが、十分満足しています。ユニフォームがある以上、chez YOSHINOBUの家紋だと思ってこだわりたかったんでね。僕はよくお客さんのテーブルを回るんだけど、お褒めの言葉をいただきますよ。
渋沢社長:慶喜さんご自身もそうだが、皆さん着こなしがお上手でスタイリッシュですね。動作も一つ一つスマートで惚れ惚れします。
徳川オーナー:長い間、作業効率や生産性は個人の力量に任されてきました。飲食業の労働環境はブラックボックスだったと思う。以前お話した「レジアプリ」や今回のユニフォームは改善としては小さな一歩だが、重要な一歩です。もっと積極的にテクノロジーを取り入れていきたいですね。
――お二人で取り組んでいる新製品も、その一環でしょうか?
渋沢社長:そうですね。厨房やホールで履く作業靴について、共同開発を進めています。企業秘密なので詳細は話せないんですが、デザインをKIHEITAI HOMMEの高杉さんに打診しているところです。
徳川オーナー:個人的にも愛用しているブランドなので嬉しいですね。創造的な料理ほど、お客さんは五感を働かせます。厨房で働くシェフやサーブするスタッフの一挙手一投足によって、繊細な味覚や嗅覚に影響が出る。一皿に関わるすべての人間のベストパフォーマンスを引き出すために、足元からやっていこうと思っています。渋沢さんがいて心強いよ。
渋沢社長:ありがたいお言葉です。私もchez YOSHINOBUのファンなので、全面的に協力したいです。